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Amazon.comに見るデジタルの力【第2回】

大和 敏彦(ITi代表取締役)
2017年10月23日

CX(顧客体験)を強化し続けて囲い込む

 顧客との関係を強化する方法には、既存のサービスの内容や質を高める方法とサービスの種類を増やす方法がある。Amazonは、新サービスとして1998年に音楽配信であるAmazon Musicを、2006年に電子書籍リーダーKindleの発売を、2010年にはビデオ配信Amazon Videoをそれぞれ始めている。

 種々のサービスによって顧客とつながることによって、購買記録だけでなく、顧客の趣味・嗜好といった属性が収集できることになり、それを他のビジネスに生かすことが可能になる。

 音楽や映像、電子書籍などのデジタルビジネスは、コンテンツをネット経由で提供でき、物流が不要だ。コンテンツを入手したり配信の仕組みを構築したりする必要はあるが、ユーザーが増えることによる変動費があまり発生せず、ユーザーが増えれば増えるほど利益につながる。これらの会員獲得も、Amazonの既存のEC顧客を対象に始めれば、獲得コストを抑えられる。

 低コストで顧客のCXを増やしていく仕組みによって、さらなる顧客の獲得につながる。1999年にユーザー数が1000万人を越えた。2017年、様々な特典を利用できるAmazon Primeの会員はアメリカで8900万人に達している。アメリカでのAmazon Primeの年会費は99ドルだから、これだけで年間約1兆円の収入が見込める。会員ビジネスでは、会員を維持したり増やしたりするためのCX向上も目標の1つになる。

「Low Cost Structure」に向けたイノベーションを続ける

 デジタルコンテンツ以外のECでは、販売した商品を届ける物流の仕組みもビジネス上のコアになる。Amazonは、既存の改善に加え、自営物流網の構築といった仕組みでも改革を進めている。棚移動ロボットKIBAを買収し物流倉庫を改革したり、Amazon Airを開始したようにロボットやドローンのような最先端テクノロジーも応用している。差別化要因である「Low Cost Structure」を、ここでも追及しているのだ。

 Amazonは、ビジネスモデルとしてCX(顧客体験)の向上を価値としてとらえ、品揃えと低価格で提供できる仕組みを差別化要因として推進してきた。今も会社のミッションとして「地球上で、最もお客様を大切にする企業であること」を掲げ、将来顧客が必要とする要望を先取りし、顧客に新しいCXを実現するイノベーションと、「Low Cost Structure」を目指すイノベーションを続けることで差別化を図っている。

 差別化の強化のためにIoT(Internet of Things:モノのインターネット)やAI(人工知能)のような先端テクノロジーにも進んで取り組んでいる。その成果はAmazon Dash Button、Amazon Echoのような機器、Amazon GOやAmazon Booksのような実店舗、ロボットやドローンなど多岐にわたっている。

デジタルトランスフォーメーションを成功に導く3要件

 Amazonの例にみるようにデジタルトランスフォーメーション(DX)を成功させるためには、図2に示す3点を念頭に置く必要がある。

図2:デジタルビジネスにおける検討項目

(1)デジタルテクノロジーを生かしたビジネスモデル開発

 先端のデジタルテクノロジーの活用を目的にするのではなく、それを念頭に置き、高い顧客価値の実現と差別化につながるビジネスモデルの検討から始める必要がある。ビジネスモデルは「誰に」「何を」「どうやって」売るかの仕組みである。どのような顧客価値を提供するのか、どこで差別化するのかを明確にしなければならない。

 そのためには、現時点で活用できるデジタルテクノロジーや、その動向に関する知識、そのユースケースに関する知識が重要になる。デジタルテクノロジーの動向の先読みと、市場の先読みをベースにビジネスモデルを考え、提供する顧客価値と差別化要因を明確にする必要がある。

(2)プラットフォーム化検討とITプラットフォーム活用

 ビジネスのアーキテクチャーと、その中でプラットフォームとして確立する部分を検討する必要がある。プラットフォーム化ができれば、顧客やビジネスパートナーとの関係の基盤にでき、様々なサービス展開、継続的な進化、安定した運用が可能になるとともにノウハウの蓄積にもつながる。プラットフォームの標準化により新ビジネス開発の期間短縮と運用コストの削減が図れる。

(3)継続的イノベーションとスピード

 競争力と成長を維持するためには、ビジネスモデルで定義した顧客価値と差別化要因を強化するイノベーションを続けることが重要だ。イノベーションの継続とともにイノベーションのスピードも重要である。それを続けることで競合に勝ち、成長を続けられる。

 デジタルトランスフォーメーション(DX)でビジネスモデルを考えるときには、上述したように、デジタルテクノロジーの動向や市場の先読み、それらをどう活用できるか、また限界がどこにあるか知る必要がある。本連載では、それらを取り上げていきたい。

大和敏彦(やまと・としひこ)

 ITi(アイティアイ)代表取締役。慶應義塾大学工学部管理工学科卒後、日本NCRではメインフレームのオペレーティングシステム開発を、日本IBMではPCとノートPC「Thinkpad」の開発および戦略コンサルタントをそれぞれ担当。シスコシステムズ入社後は、CTOとしてエンジニアリング組織を立ち上げ、日本でのインターネットビデオやIP電話、新幹線等の列車内インターネットの立ち上げを牽引し、日本の代表的な企業とのアライアンスおよび共同開発を推進した。

 その後、ブロードバンドタワー社長として、データセンタービジネスを、ZTEジャパン副社長としてモバイルビジネスを経験。2013年4月から現職。大手製造業に対し事業戦略や新規事業戦略策定に関するコンサルティングを、ベンチャー企業や外国企業に対してはビジネス展開支援を提供している。日本ネットワークセキュリティ協会副会長、VoIP推進協議会会長代理、総務省や経済産業省の各種委員会委員、ASPIC常務理事を歴任。現在、日本クラウドセキュリティアライアンス副会長。