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AI(人工知能)のデジタル変革における可能性と活用【第3回】

大和 敏彦(ITi代表取締役)
2017年11月20日

学習データ問題を解決する「強化学習」という概念

 この学習するデータ量の膨大さと、統計的学習の壁により、国立情報学研究所(NICT)が中心になって進めてきた「ロボットは東京大学に入れるか」をテーマとした「東ロボくん」プロジェクトは凍結された。プロジェクトは、英語の空欄の穴埋めや並び替え問題では正答率90%を越えるまでになっていた。しかし、そのために読み込ませた語数は500億語、文の数は19億文だった。

 同プロジェクトを率いたNICTの新井 紀子 教授は、「東ロボくんは、文の意味を理解しているわけではない。近いパターンを見つけ出して回答するもので人間の解法とは明らかに違う。統計的手法を使って意味がわかったふりをしているだけで、本質的な意味はわかっていない」と述べている。

 ML/DLは、対象分野が複雑で広範囲であればあるほど、モデル化が難しく、多くのパラメーターが必要になり、膨大なデータによる学習が必要になる。学習結果は、テスト以外に検証が難しく、結果に誤りがあった場合の改修も難しい。そのため、膨大なデータによって学習し検証されたAIは大きな価値を持ち、学習済みAIを用いたサービスへとつながっている。一方で、新たに始める場合には、できるだけドメインを絞り込んで学習させることが重要になる。

 このデータ問題の解決方法の1つを2017年5月に世界最強棋士を破った「AlphaGo」が示した。自身でデータを生成する「強化学習」という概念である。囲碁のようなゲームはルールが明確で、その結果である勝敗も明らかである。サイバー上ではAlphaGo同士が対戦できる。その対戦を膨大な回数繰り返すことによって必要なデータを生み出し、そのデータから様々な局面での最適な手や、どれが最適な手かを判断するルールを学習し、より強いモデルを構築する。

 AlphaGoは、過去の棋譜を学習し、それをベースにて強化学習を行った。だが、その次世代版である「AlphaGoZero」は、過去の棋譜を学習することなく、人間に一切頼らない「教師なし学習」で強くなっている。ゲームという閉じた世界であるとはいえ、AIがルールに基づき自身で自身を強化する学習ができたことは、大きな進化である。Googleは今後、AlphaGoZeroで難病の早期発見や電力の需要調整に取り組んでいくと発表しており、その成果が期待される。

 すべてをサイバー上で実行することが難しいケースでも、現実とサイバーのシミュレーションを組み合わせることで効率的にデータを収集しモデリングを行う取り組みも始まっている。「Digital Twin(デジタルツイン)」と呼ぶアプローチである。製造のデジタルトランスフォーメーションである独政府の「Industry 4.0」プロジェクトや米GE社が進める「Industrial Internet」では、製品や製造プロセスをサイバー上でモデル化しシミュレーションによる最適化を図ろうとしている。

(2)専用チップや専用機などの処理装置の影響

 コンピュータの高速化や専用チップ、専用機によって、膨大なデータ処理や推論が実行できるようになった。複雑で高度なAI処理を実行するためには、さらに膨大な処理をするためのハードウェアが必要だとされる。GoogleのAlphaGoでは、それを稼働させるのに2万ワットの電力を必要とする専用機を使っている。

 また、米国の人気クイズ番組「Jeopardy!」でクイズ王を下す実績を上げて有名になった米IBMの「Watson」は、合計2880個のプロセサコアを持つ大型のサーバー90台と、およそ100万冊分に相当する情報を保存できるストレージを必要とした。今後の進化により、小型化・省エネ化が間違いなく進み、適用場所が増え、高速化も実現されるだろう。

(3)インターネット、クラウドの影響

 インターネットとクラウドストレージによって、データ収集や蓄積が簡単に廉価に行えるようになった。今後、活用が広がれば、収集するデータの種類が増え、応答時間など処理への要求も多様化してくる。様々なデータ収集のためのIoT(Internet of Things:モノのインターネット)やFog Computing(フォグコンピューティング)といった分散処理のテクノロジーが必要とされるのも、そのためだ。

AIのテクノロジーは進化し活用分野はさらに広がっていく

 すでにAIは広い分野で使われている。株の高速取引やRTB(Real Time Bitting)といった高速取引、医療や資産運用などのアドバイス、「Google Home」や「Amazon Echo」のようなAIアシスタント、自動運転などだ。さらに、GoogleやIBM、Amazon、Microsoftをはじめ多くの企業が買収を含めた巨大投資によりAIの技術開発や応用に大きな力を注いでいる。

 Microsoftのサティア・ナデラCEOは、「AIの活用は将来のものではなく、すでに起こっている。2016年の1年間で最も大きな進歩を遂げた技術がAIだ」と述べている。

 自社ビジネスの成長や競争力強の化にAIを活用するなら、進化を続けるAIのテクノロジー動向を継続してウォッチしながら、AIによって変革できる顧客価値や自社のプロセス、仕事の仕組み、さらにAIを使った新ビジネスのビジネスモデルを検討し続けなければならない。

大和敏彦(やまと・としひこ)

 ITi(アイティアイ)代表取締役。慶應義塾大学工学部管理工学科卒後、日本NCRではメインフレームのオペレーティングシステム開発を、日本IBMではPCとノートPC「Thinkpad」の開発および戦略コンサルタントをそれぞれ担当。シスコシステムズ入社後は、CTOとしてエンジニアリング組織を立ち上げ、日本でのインターネットビデオやIP電話、新幹線等の列車内インターネットの立ち上げを牽引し、日本の代表的な企業とのアライアンスおよび共同開発を推進した。

 その後、ブロードバンドタワー社長として、データセンタービジネスを、ZTEジャパン副社長としてモバイルビジネスを経験。2013年4月から現職。大手製造業に対し事業戦略や新規事業戦略策定に関するコンサルティングを、ベンチャー企業や外国企業に対してはビジネス展開支援を提供している。日本ネットワークセキュリティ協会副会長、VoIP推進協議会会長代理、総務省や経済産業省の各種委員会委員、ASPIC常務理事を歴任。現在、日本クラウドセキュリティアライアンス副会長。