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急進するモバイル決済のビジネスモデルと課題【第24回】

大和 敏彦(ITi代表取締役)
2019年8月19日

利用時に収集したデータが新たな顧客価値を生む

 こうした利便性によって、利用者を囲い込むと同時に、収集したデータの活用により新しい価値を実現することが重要だ。たとえば、モバイルの特性を利用し、位置情報を結びつけたサービスがある。利用者のリアルタイムな位置情報に基づき、ポータルやプッシュメッセージによって、現在地近くにある店舗を人気度の順に紹介したり、ディスカウントなどのローカルプロモーションを提供したりしている。

 これらの価値が提供されるため、利用者の35%が移動時にはアリペイのポータルを開くと言われている。ポータルへのアクセスによってアリペイは、リアルタイムな位置情報を収集できる。他にも、SNSなどの情報と結びつけ信用度を点数化するサービスとして「芝麻信用」を作り、それを他社にも提供するなど、データの多角的な活用によるマネタイズを行っている。

 Alipayの例を見ると、モバイル決済をビジネスとして成功させるためには、大量のデータ収集とデータの活用や、新サービスや他のサービスと連携したマネタイズが重要なことがわかる。データの数が増えれば、統計的にデータから推測できる情報が増え、関連性の分析ができ、価値が上がる。

 データ数を増やすためには、ユーザー数や、加盟店、使用頻度を高める必要があり、モバイル決済各社の競争に勝たねばならない。そのため大幅なポイントや現金の還元によって利用者獲得を図ったり、加盟費を無料にてでも加盟店獲得したりという激しい競争が常に起こっている。

 さらにデータの価値を上げるには、データ活用のビジネスモデルの構築がキーになる。そのビジネスモデルによって生み出される価値がデータの価値になるからだ。

個人情報を扱っていることへの“信用”が不可欠

 利用者獲得において、利便性と共に重要なものが信用である。決済サービスを提供する会社自体や、データの管理方法などが信用できなければ、そのサービスは使われない。日本では、個人のデータが収集されることや、それを利用されることに対する拒否感が強い。その拒否感を払拭するためには、利用者への利便性と共に、信頼される管理体制を打ち出す必要がある。

 信用のベースラインとして、データが完全に確実に保管され、不正に使用されたり、不正アクセスされたりしないことが必須である。そのためのセキュリティ体制や対策も重要になる。アプリケーションやクラウドの活用がビジネスに直結している今、セキュリティは、IT 部門の問題でなく、経営の戦略的意思決定の対象にされなければいけない。

 実際の検討項目の参考としてCSA(Cloud Security Alliance)が作成した「危険な12の落とし穴(クラウドの重大セキュリティ脅威)」を図1に挙げる。CSAはクラウドコンピューティングのセキュリティを実現するために、グローバルでセキュリティのベストプラクティスを広めている組織である。

図1:CASが作成した「危険な12の落とし穴(クラウドの重大セキュリティ脅威)」

 図1に挙がっている項目に関して、リスクをベースに、どこまで対策するかを検討し、それを実施しなければならない。「7Pay」がサービス開始早々に不正アクセスを受け、900人、5500万円の被害が発生したが、その原因は、図1の(2)にある「認証の強度」と(3)にある「APIの使い方」の問題だと言われている。

 モバイル決済のような重要なサービスでは、システムが正しく動作するだけでなく、サイバー攻撃までを想定したセキュリティ脅威を検討し、対策およびリスクを十分に議論することが必須である。問題が起こると1つのサービスだけの問題にとどまらず、モバイル決済全体への信用を失うことになる。

 モバイル決済は、キャッシュレス化の手段であるが、同時にデータビジネスでもある。データビジネスとして成功するためには、データ活用のビジネスモデルを基に、必要なデータやデータ連携を検討することでデータの価値を高める必要がある。

 利用者が安心して使えるよう、セキュリティ対策と新しいセキュリティ脅威にも対応できるセキュリティ体制を構築しなければいけない。利用者もデータを収集されることを理解した上で、その利便性や信用に基づいたモバイル決済を選ぶ必要がある。

 モバイル決済サービスの提供企業と利用者の双方が理解を前提に、利用者数と活用頻度が増え、データの価値が高まる。この“Win-Win”の関係を実現することによってキャッシュレス化を加速させることができる。

大和敏彦(やまと・としひこ)

 ITi(アイティアイ)代表取締役。慶應義塾大学工学部管理工学科卒後、日本NCRではメインフレームのオペレーティングシステム開発を、日本IBMではPCとノートPC「Thinkpad」の開発および戦略コンサルタントをそれぞれ担当。シスコシステムズ入社後は、CTOとしてエンジニアリング組織を立ち上げ、日本でのインターネットビデオやIP電話、新幹線等の列車内インターネットの立ち上げを牽引し、日本の代表的な企業とのアライアンスおよび共同開発を推進した。

 その後、ブロードバンドタワー社長として、データセンタービジネスを、ZTEジャパン副社長としてモバイルビジネスを経験。2013年4月から現職。大手製造業に対し事業戦略や新規事業戦略策定に関するコンサルティングを、ベンチャー企業や外国企業に対してはビジネス展開支援を提供している。日本ネットワークセキュリティ協会副会長、VoIP推進協議会会長代理、総務省や経済産業省の各種委員会委員、ASPIC常務理事を歴任。現在、日本クラウドセキュリティアライアンス副会長。