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急進するモバイル決済のビジネスモデルと課題【第24回】

大和 敏彦(ITi代表取締役)
2019年8月19日

世界中でキャッシュレス化が進んでいる。キャッシュレス化を加速させると期待されるのがモバイル決済だ。モバイル決済では、決済時に収集できるデータを活用することで、利用者への利便性や新サービスを実現するという価値を生みだせる。今回は、モバイル決済について、そのビジネスモデルとデータ活用の課題について考えてみたい。

 キャシュレス化は各国政府が推進している。全世界のキャッシュレス決済比率を見てみると、2015年度の時点では1位は韓国の89.1%、2位は中国の60.0%、3位がカナダの55.4%だった。日本は19.8%と低い。

 キャッシュレス化の進展により、現金を引き出すためのATM(Automated Teller Machine:現金自動預払機)の台数は、全世界で2018年度に前年度比1%減少した。キャッシュレス化が急速に進む中国では同6.8%の減少である。

 決済手段の内訳を見てみると、韓国やカナダではクレジットカード決済が最も多い(2015年度)。日本では、JR東日本の「Suica」や楽天の「楽天Edy」、セブン&アイ・ホールディングスの「nanaco」といった電子マネーが広く使われている。

 これらの電子マネーは、匿名であるためデータ活用が難しく、かつ専用のリーダーが必要になる。近距離無線通信規格「NFC」の1通信方式である「NFC-F」として定義されている「FeliCa」を使っているからだ。

モバイル決済が急速に浸透している中国

 キャッシュレスの決済手段として存在感を高めているのがモバイル決済である。「Line Pay」や「Paypay」のようなネット系、「d払い」や「au pay」のような通信系、「ゆうちょpay」や「J-coin pay」のような銀行系、「Famipay」のような流通系など、さまざまな業種の大手企業が続々と参入している。「7pay」がセキュリティ問題から早々にサービス中止になったのも記憶に新しい。

 モバイル決済は、QRコードとスマホを使うことによって、銀行口座からの即時払いや、クレジットカードと連動した後払い、アプリにチャージした金額から支払う前払いによって決済される。個人情報と結びついたデータのためデータ活用ができるし、QRコードを使うため専用リーダーを必要としない。

 モバイル決済の利用が最も浸透しているのが中国である。年々モバイル決済の利用者数や利用可能な分野を広げ、現金やクレジットカードよりも利便性や信頼性が増している。同市場をリードするのが、中国Alibaba Groupの「Alipay(アリペイ)」と中国Tencent Holdingsの「WeChatPay」だ。

 Alipayを見てみたい。Alipayは2004年、アリババが運営するECサイト「タオパオ(淘宝網)」の決済方法として始まった。クレジットカードが普及していない中国でECを広げる決済手段として登場し短期間に普及した。現在はAlibaba Groupのアント・ファイナンシャル傘下のサービスとして9億人が利用し、年間消費額が300万円以上の上級会員が1億人を越えている。

 取り扱い件数も膨大だ。1日の決済件数が1億件を越え、決済金額は4000憶円以上だと言われている。2018年11月11日(シングルデー)の取扱高は、3.5兆円(2135億元)に上る。この膨大な量の決済トランザクションをアリババのクラウドプラットフォームが支えている。

 Alipayの成功要因としては次の3点が挙げられる。

成功要因1:手数料が無料

 Alipayの利用者は、手数料なしで使える。加盟店の手数料も原則無料であり、利用者だけでなく加盟店も増やしやすい。GoogleやFacebook のように、集まった利用者やデータを基に広告モデルを展開し、付帯サービスへのビジネス展開を図ることでマネタイズしており、無料化を実現している。

成功要因2:なんでも決済可能

 Alipayは生活のあらゆるシーンでの決済に使え、現金やカードを持ち歩かなくてもスマホだけで生活できる。ECの支払いはもちろん、屋台をも含む実店舗での買い物、携帯電話料金のチャージ、シェアリング自転車の利用、タクシー配車、地下鉄乗車、税金や小遣い、海外送金、さらには家賃や学費などの支払いまでが可能だ。利用者はAlipayですべてを決済し、そのデータを提供している。

 収集した幅広い決済データは、活用の観点から重要である。利用分野が限定されたデータでは、特定の商品やサービス、店舗などに関する分析にしか使えず、活用できる分野が限られてしまうからだ。個人に関する情報としても一面しかとらえられない。Alipayによる決済範囲が大きければ大きいほど、その利用者の経済状況や消費動向、行動パターンなどを把握でき、データ活用の可能性が広がる。

成功要因3:他の金融サービスとの連携

 Alipayを提供するアント・ファイナンスはグループ内に、銀行業務、ローン、保険、資産運用など各種の金融サービスを持っている。これらサービスとAlipayは連携している。Alipayにお金をチャージすれば、1元から元金保証の銀行サービスを使え利息もつく。解約もまた、いつでもできる。

 中国国内の銀行口座からAlipayにリアルタイムにチャージすることも可能だ。決済だけでなく、種々の金融サービスと連携することで、利便性とサービスへのロイヤリティを高め、利用者数や使用頻度を増やすのに役立てている。これら付帯サービスによるマネタイズもできる。