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リクナビ問題が浮き彫りにしたデータエコノミーの課題【第25回】

大和 敏彦(ITi代表取締役)
2019年9月17日

信用スコアとして成功しているアリババの「芝麻信用」

 信用スコアとして、中国で広く使われているアリババグループのアントファイナンシャルの子会社が提供している「芝麻信用」のケースを見てみたい。芝麻信用では、表1にある5つの領域の指標を総合的に計算してスコアを算出している。これらは、個人の消費の大部分をカバーしているアリペイや日常の活動を見られるSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)のデータと、本人の申告による情報を基に算出されている。

表1:中国の「芝麻信用」がスコア算出に利用しているデータ

 決済データやSNSのデータが、その個人の行動の多くをカバーしていれば、趣味嗜好や信用度に直結し、算定されるスコアに対する利用者自身の納得度は高い。スコアは毎月アップデートされ、スマホ画面で自分の信用力を確認できる。

 スコアは、信用極好、信用優秀、信用良好、信用中等、信用較差の5段階にランク付けされ、スコアが高いほど受けられる優遇サービスが増える。たとえば、低利融資が受けられたり、ブランド品購入時の分割手数料が無料になったり、ホテル宿泊の際のデポジットが免除されるなどだ。

 芝麻信用のスコアは、Airbnbなど他社のサービスにも提供されており、結婚や就職に関してもスコアを参照する動きが出ている。スコアへの利用者の納得度は、中国の利用者アンケートでは、「強く賛成」が49%、「幾分賛成」が31%と、広く受け入れられているといえる(Statista調べ)。

AI活用ではビジネス上の目標が最重要

 内定辞退率や信用スコアの算出にAIやビッグデータ解析を使う場合には、その精度も問題になる。必要な精度は、結果の使われ方によって異なってくる。たとえば、内定辞退率を引き留めの参考にしたり、信用スコアを利用者にメリットを提供するのに使ったりする場合と、内定辞退率を合否に使ったり、信用スコアをサービス拒否に使ったりする場合では、必要とされる精度は異なる。

 データ活用を考えるとき、そのスコアの使われ方を基に、データの正しさやAIやビッグデータによる予測値の精度を検討しなければならない。AWS(Amazon Web Services)がまとめている「企業におけるAIガイド」では、AI活用の検討事項として、一番目にビジネス目標を理解することを挙げている(表2)。

表2:AWSの『企業におけるAIガイド』によるAI導入の主な検討事項

 具体的には、ビジネス展開において最も影響の大きいところをユースケースとして絞り込み、そこで差別化できるかどうかを検討する必要がある。影響の把握として、AIソリューションがオペレーションに及ぼす影響を検討し、成功の尺度や価値の評価を明確にすることが必要であるとしている。

 すなわちAIによって出された価値が、オペレーション上でどのような価値や重要性を持つのかを判断したうえで、予測の精度を想定し、成功の尺度を明確にする必要があるとということだ。

 精度のゴール決まれば、それをPoC(Proof of Concept)などによって実証していかなければいけない。反復、学習で重要なことは、条件の異なったデータは、学習に使えなくなることである。

 リクナビの内定辞退率も、本人が知らない状況でのデータと、本人がこのような使い方をされていることを理解した上で取られたデータでは、異なる可能性が高い。AIを使ったビジネスを検討するようためには、このようにビジネスゴールや差別化とともに、データやAI活用の要件を明確にして進めていく必要がある。

日本はデータビジネスに対する利用者の評価が低い

 モバイル決済や、さまざまなアプリ、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)などの広がりにより、データの量は急速に増大していく。Statistaの予想では、全世界で年間に生成されるデータ量は、2018年に33ゼタバイトが、2020年には47ゼタバイト、2025年には、175ゼタバイトになるる。

 データの種類も、さまざまに広がっていく。具体的には、Web検索、訪問したWebサイト、TwitterやFacebook のようなSNSの個人の活動、友達関係やフォロー、また発信したデータ、ダウンロード、地図情報と関係した位置情報、さらにモバイル決済、EC使用による購買情報や、消費レベル、認証に使われるバイオメトリクスなどなどだ。

 データの分析に基づいて、パーソナライズした広告やリコメンデーションを提供するデジタルマーケティングのグローバル市場シェアはGoogleやFacebookがリードしている。2017年度の数字では、Googleが37%、Facebookが16%、中国百度が5%、Amazonが4%、Microsoftが3%である(Statista調べ)。

 独占の規制と共に、日本でもモバイル決済や、データ流通を図る情報銀行のような動きも出てきている。これらが広がって行くためには、利用者の理解と納得が必要であるが、データビジネスについての利用者の評価は日本では低い。

 Statistaが2019年に行った『Global Customer Survey』では、「個人データを使ってより個人にとって興味のある広告ができることに対する賛成度合い」では、トップ5は、中国が38%、インドが37%、メキシコが35%、イタリアが34%、アメリカが30%である。これに対し日本は、わずか9%。この賛成度合いを増やしていかなければならない。

 データビジネスでは、個人情報保護法をはじめとしたルールに基づき、情報漏洩対策などのセキュリティを実現した仕組みを構築することは当然だ。そのうえで、データを利用される人が納得して、メリットを感じられる“Win-Win”な関係構築が大事である。そのためには、サービス開発にあたって、データを提供する利用者の立場にとって検討してみる必要がある。

大和敏彦(やまと・としひこ)

 ITi(アイティアイ)代表取締役。慶應義塾大学工学部管理工学科卒後、日本NCRではメインフレームのオペレーティングシステム開発を、日本IBMではPCとノートPC「Thinkpad」の開発および戦略コンサルタントをそれぞれ担当。シスコシステムズ入社後は、CTOとしてエンジニアリング組織を立ち上げ、日本でのインターネットビデオやIP電話、新幹線等の列車内インターネットの立ち上げを牽引し、日本の代表的な企業とのアライアンスおよび共同開発を推進した。

 その後、ブロードバンドタワー社長として、データセンタービジネスを、ZTEジャパン副社長としてモバイルビジネスを経験。2013年4月から現職。大手製造業に対し事業戦略や新規事業戦略策定に関するコンサルティングを、ベンチャー企業や外国企業に対してはビジネス展開支援を提供している。日本ネットワークセキュリティ協会副会長、VoIP推進協議会会長代理、総務省や経済産業省の各種委員会委員、ASPIC常務理事を歴任。現在、日本クラウドセキュリティアライアンス副会長。