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COVID-19パンデミックによって変わるデジタル活用と、その価値【第33回】

大和 敏彦(ITi代表取締役)
2020年6月22日

人と人の接触削減など

 COVID-19対応のテクノロジー活用で、話題になっているのが「Contact Tracking(接触追跡)アプリケーション」だ。日本でも2020年6月には「接触確認アプリ」として公開される予定である。

 接触追跡は、スマホを使って、COVID-19感染者との接触やGPSによる移動経路をモニターする仕組みだ。近距離通信のBluetoothを使い、アプリの所有者が、誰と、どの程度の時間接触したのかを示すデータを収集し、プライバシーを守るために本人が特定できない形で記録する。その後、ある人の感染が分かれば、その人のデータをシステムに入力すれば、記録されている濃厚接触者に警告を通知する。

 この種のアプリは最初、シンガポールで「Toracetogether」という名前で活用が始まった。その後、イスラエルや中国、英国、ドイツ、インドなどでも使用されている。米Appleと米Googleは、両社のスマホ用基本ソフトウェア(OS)である「iOS」と「Android」に共通に使える接触追跡技術を組み込むことを発表している。

 接触追跡アプリが効果を発揮するためには、より多くの人が活用する必要がある。米Washington Post誌が米国スマホユーザー793人に実施したアンケート調査では、接触記録アプリを「強く使いたい」が17%、「多分使う」が32%だった。プライバシー漏洩への懸念を払拭し、安心して使えることを示すことが重要である。

 これらのテクノロジーだけでなく、ロボットやドローン、コネクティッドカーなどのテクノロジーを活用したイノベーティブなチャレンジが進行している(図1)。

図1:AI/IoTなど以外のテクノロジーを活用した対新型コロナウイルス感染症(COVID-19)へのイノベーティブなチャレンジの例

オンライン化でプラットフォーマーへの依存度が高まる

 上述してきた種々の応用を支えるのがインフラである。IoTコネクションや、情報蓄積、HPCやAIの活用にはクラウドが使われている。アプリの活用やクラウドとの接続、オンライン化にはネットワークが必須だ。Web会議やテレワークの集中に耐えるネットワーク帯域、情報やプライバシーを守るセキュリティも不可欠である。

 ドローンやロボットの操作、CT画像の伝送では、ネットワークの遅延や速度といった“品質”が重要になってくる。そこでは、高速、低遅延で、光ファイバーのような敷設を必要としない5Gの活用が期待される。中国ではすでに、16万局を越えた5Gネットワークを活用してロボットやドローンを動かしている。

 今回、COVID-19対策として実施されたロックダウンや自粛生活によって、リアルな活動の代替案としてのデジタル活用が大きく進んだ。仕事に関しては、『そのテレワークはデジタルトランスフォーメーション(DX)につながっているか』で述べたように、出社の代わりにテレワークになった。学校もオンライン授業に代わった。

 人と人の物理的接触は、ネットでの接触やコラボレーションを可能にするSNS(Social Networking Service)や、Web会議システムなどによって補われた。買い物や食事には、EC(Electric Commerce)やデリバリーサービスを使い、エンーテインメント分野でも、ゲームや映像配信の活用が広がった。

 デジタル活用の広がりは、プラットフォームを提供する会社の業績に表れている。経済が低迷する中で、米Facebookは2020年4月に利用者数が30億人を越えた。動画配信の米Netflixは有料会員を1577万人増やし、Web会議の米Zoom Video Communicationsの利用者数は20倍になった。

 プラットフォーム企業の2020年第1四半期の売上高は、Amazon.comが26%、Googleは13%、米Microsoftは15%と、それぞれ前年同期比で上昇した。この数字は、COVID-19パンデミックによるデジタル活用の急激な増加を示すとともに、プラットフォーム企業への依存も明らかにしている。

COVID-19対応で日本のデジタル活用の課題が浮き彫りに

 これらの変化が、COVID-19終息後、どう変わっていくだろうか。デジタル化によって私たちは、仕事や生活におけるデジタル活用に慣れ、意識も変わった。日本生産性本部のテレワークに関する調査では、約63%の人が「コロナ終息後もテレワークを続けたい」と答えている。利用者にメリットがあったり便利だったりするモノやコトは、今後も継続することが望まれる。

 そのためには、災害時の代替案としてのデジタル化ではなく、仕事や生活にメリットがあるデジタル化へとデジタルトランスフォーメーション(DX)を進めていく必要がある。さまざまなイノベーティブなテクノロジー活用と、それを支えるインフラの整備、加えて強固なセキュリティやプライバシー保護などは、災害時だけでなく、平時にも取り組むことによる知識や経験の積み重ねが、より高いデジタルによる価値を実現するからだ。

 たとえば前述のアンケートでは、66%の人が「テレワークによって効率が下がった」と答えている。テレワークは本来、ペーパーレス化や電子承認などを組み合わせるととともに、仕事の自体を変革していくことによって、生産性や効率を高める仕組みである。手段としてのテレワークではなく、仕事を変革するためのテレワークを考えなければならない。

 他にも、オンライン申請のケースでは、パスワードの再発行や、迅速化した受付処理の後の手続きがボトルネックになったり、規制緩和が期間限定だったりと、デジタル活用に向けた具体的な問題点や課題が浮き彫りにされている。

 これまでの日本のIT活用が抱えてきた、これらの課題が明らかになった今、インフラやテクノロジーだけでなく、仕組みの変革、啓蒙や教育などを統合した総合的なDXの推進に取り組む必要がある。「新しい日常(New Normal)」が指摘される中でのDXを真剣に考え、デジタルテクノロジーが生み出す価値を高め、その成果を確実に得られるようにしていかなければならない。

大和敏彦(やまと・としひこ)

 ITi(アイティアイ)代表取締役。慶應義塾大学工学部管理工学科卒後、日本NCRではメインフレームのオペレーティングシステム開発を、日本IBMではPCとノートPC「Thinkpad」の開発および戦略コンサルタントをそれぞれ担当。シスコシステムズ入社後は、CTOとしてエンジニアリング組織を立ち上げ、日本でのインターネットビデオやIP電話、新幹線等の列車内インターネットの立ち上げを牽引し、日本の代表的な企業とのアライアンスおよび共同開発を推進した。

 その後、ブロードバンドタワー社長として、データセンタービジネスを、ZTEジャパン副社長としてモバイルビジネスを経験。2013年4月から現職。大手製造業に対し事業戦略や新規事業戦略策定に関するコンサルティングを、ベンチャー企業や外国企業に対してはビジネス展開支援を提供している。日本ネットワークセキュリティ協会副会長、VoIP推進協議会会長代理、総務省や経済産業省の各種委員会委員、ASPIC常務理事を歴任。現在、日本クラウドセキュリティアライアンス副会長。