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  • 大和敏彦のデジタル未来予測

個別最適から全体最適を目指すデータドリブンな製造改革【第34回】

大和 敏彦(ITi代表取締役)
2020年7月20日

デジタルツインで工場や生産ラインを設計する

 工場や生産ラインの設計に使えるデジタル技術がデジタルツインだ。デジタルツインとは、機械部品のようなモノの形状・状態や、製造工程などをデジタルで表現した仮想モデルのこと。現実のモノや出来事をデジタル上で実現するため“ツイン(双子)”と呼ばれている。

 製造分野では、米GE(General Electric)が、大型ガスタービンの開発に使用した例が有名だ。テスト機に設置した大量のセンサーから得られたデータを基にデジタルツインを作り上げ、開発期間や開発コストを大幅に削減した。

 その後GEは、航空機のエンジンや機関車などの大型機械の開発や、機械の稼働状況モニタリングに応用し、さらに複雑な系のモデルとして「デジタル・パワー・プラント」を発表している。

 デジタルツインは、設計や構築時だけでなく、稼働時の監視や、顧客からの出力制御といった要求に対し、シミュレーションによってリアルタイムに最適解を見つけ出すことにも活用されている。変化する顧客要求への素早い対応と、効率的でクリーンで信頼性の高い電力供給を実現するという全体最適化を両立させている。

 このように、デジタルツインの活用は、部品から機械単体、パワープラントのようなシステムへと広がってきた。先のVMグループでは、スマートファクトリーへの応用も始まっている。

 VWグループでは、多様化した顧客要求に対応するため、従来のベルトコンベアを使ったライン生産方式から、モジュラー型の生産方式への変革を図っている。モジュラー型生産は、小分けしたワークスペースを使って、仕様に応じた作業を柔軟にこなす方式だ。AGVやドローンが、必要な時に必要なパーツを、ワークスペースへ搬送する。

 独Porscheも同様の取り組みを進めている。独シュツットガルトにあるEV(電気自動車)工場では、組み立て中の自動車そのものがAGVによって搬送される。ライン方式に比較し、工場レイアウトの柔軟性が高まり、構築時間も大幅に短縮できる。

 この生産ラインの設計と構築にデジタルツインが使われている。実際の生産設備やシステム、自動車などのデータを仮想空間に取り込み、仮想空間上のデジタルツインによって設計・構築することで、通常なら数年かかるところを17カ月で終えた。

シミュレーションや予測をデジタルツインが可能に

 デジタルツインを活用するためのシステムも増えてきている。たとえば独Siemensは、デジタルツインによる製造変革を、「バーチャルプロダクト」「バーチャルプロダクション」「リアルプロダクション」「リアルプロダクト」「パフォーマンス」というステップで進めることを提案している。

 製品設計の段階から、製品のデジタルツインとしてバーチャルプロダクトを作り上げる、その製品の製造工程や製造設備のデジタルツインをバーチャルプロダクションとして設計し、それを基にリアルの工場を作り上げてリアルプロダクトを生産する。生産が始まれば、デジタルツインを基に製造の状況やパフォーマンスを測定し、改善や改良を続けていく。

 日本では、味の素エンジニアリングが発表した「3Dデジタル工場管理サービス」にデジタルツインが使われている。3Dレーザースキャンした施設の測定データを基に工場の仮想モデルとなる3Dデジタルツインを作る。その仮想モデルの構内は移動でき、設備をクリックすれば管理番号や説明書、予備機の有無、点検履歴を表示できる。工場の転換や、設備の設置変更を、工場に出向くことなく検討できる。

 デジタルツインは、製品ライフサイクルを通して、製品や生産システム、工場の設計、開発、監視に使える。デジタルツインを基にシミュレーションや予測を実施すれば最適化も目指せる。

 各社の取り組みにみられるように、IoT機器や装置、ネットワーク、クラウド、アプリケーションの標準化がデータドリブンのベースになる。よりリアルタイム性を必要とするロボットやAGVの制御に向けたデータ活用であれば、5Gのような高速・低遅延なネットワークやエッジコンピューターの必要性も出てくる。

 セキュリティ対策もコネクティッド環境の実現には必須だ。米マカフィーの調査によると、世界で製造業をターゲットにしたサイバー攻撃は2020年1月から4月の間に7倍に増えたという。脅威のためにコネクティッド環境を狭めてしまうのではなく、セキュリティ対策をしたうえで、より大きな成果を目指す必要がある。

 データドリブンな変革に向けては、コネクティッドな環境とアプリケーションやデータの標準化を基に、全体最適を目的としたAIやIoTの活用が不可欠である。

大和敏彦(やまと・としひこ)

 ITi(アイティアイ)代表取締役。慶應義塾大学工学部管理工学科卒後、日本NCRではメインフレームのオペレーティングシステム開発を、日本IBMではPCとノートPC「Thinkpad」の開発および戦略コンサルタントをそれぞれ担当。シスコシステムズ入社後は、CTOとしてエンジニアリング組織を立ち上げ、日本でのインターネットビデオやIP電話、新幹線等の列車内インターネットの立ち上げを牽引し、日本の代表的な企業とのアライアンスおよび共同開発を推進した。

 その後、ブロードバンドタワー社長として、データセンタービジネスを、ZTEジャパン副社長としてモバイルビジネスを経験。2013年4月から現職。大手製造業に対し事業戦略や新規事業戦略策定に関するコンサルティングを、ベンチャー企業や外国企業に対してはビジネス展開支援を提供している。日本ネットワークセキュリティ協会副会長、VoIP推進協議会会長代理、総務省や経済産業省の各種委員会委員、ASPIC常務理事を歴任。現在、日本クラウドセキュリティアライアンス副会長。