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テスラに見る“デジタルネイティブ製品”がもたらす市場価値【第35回】

大和 敏彦(ITi代表取締役)
2020年8月17日

米Appleの「iPhone」がデジタルネイティブ製品の代表例

 デジタルネイティブ製品の代表的な成功例が米Appleの「iPhone」である。iPhoneは、電話、パーソナルオーディオ、PDA(Personal Digital Assistant)を統合し、ポータビリティと、デザイン、継続使用時間などに優れたデバイスとして登場した。キーボードの機能もソフトウェアとタッチパネルによって提供されている。

 これらの機能は、Appleが設計するプロセサと基本ソフトウェアの「iOS(iPhone Operating System)」上のアプリケーションとして稼働している。モバイルネットワークやWi-Fiによるコネクティッド環境によって、アプリケーションだけでなく、iOS自身もアップデートできる。

 「Apple Store」と呼ばれるマーケットプレイスを通して、さまざまな製作者によって提供されている、さまざまなアプリケーションを選べ、必要な機能だけを使える。

 ハードウェアとソフトウェアが一体で、機能変更が難しかった携帯電話のビジネスを、ソフトウェアデファインドであるiPhoneというプラットフォームとアプリケーション、専用のマーケットプレイスによって、デジタル化時代のモバイルデバイスビジネスへと変革した。

ハードウェアの機能をソフトウェアで制限・開放

 この視点からTeslaの自動車を見てみたい。制御ソフトウェアをコネクティッド機能を使って変更することで、保守、機能の追加・変更、アップグレードができる。さらに提供されているアプリケーションの追加・変更、エンターテイメントコンテンツの追加・更新もできる。

 さらに自動車の重要な機能である完全自動運転機能(FSD:Full Self Driving)もソフトウェアによって追加できるなど、まさしく「ソフトウェアデファインドカー」になっている。

 データ収集と活用も積極的だ。センサーデータの解析を、出力や加速性能、前方や周辺状況の表示機能、ブレーキ調整、自動運転モードにおける車線変更方法などの改善に活用している。ドライバーのワイパーに関する手動操作を機械学習し、自動ワイパー機能を最適化した例もある。

 新しいUXとして、ドライバーが知らないランドマークへのナビゲーション機能や、音楽やカラオケ、Netflix、YouTube、Huluなどの映像配信、ゲームなど大型ディスプレイを使ったエンターテイメントもプラットフォーム上で提供している。

 ソフトウェアデファインドなプラットフォームにすることによって、さまざまなビジネスモデルの提供も可能にしている。車両の販売後は、保守・修理だけだった自動車ビジネスを、ソフトウェアの継続的改良によって販売後も、顧客と直接のつながりを維持するモデルに変えた。

 ソフトウェアの一部は、ネットワーク経由で追加販売している。5000ドルのソフトウェアは、ハンドル操作と加速/ブレーキなどに関して運転者をアシストする「エンハンスドオートパイロット」機能を提供する。完全自動運転機能は8000ドルである。

 これら大幅な改良をソフトウェアだけで実現するために、必要なセンサーなどのハードウェアはあらかじめ無料で組み込んである。ソフトウェアをアップグレードすることによって初めて、それらハードウェアを使える仕組みになっている。

 この仕組みは、バッテリーアップグレードにも使われている。大容量なバッテリーを搭載するものの、実際に利用できる容量はソフトウェアで制限している。アップグレードを購入すれば、その制限が解除される。

 このように、ソフトウェアデファインドの考えのもとに、ソフトウェアやハードウェアを統合的に検討することによって、新しいビジネスモデルの可能性を広げられる。

アーキテクチャーがビジネス拡大を支える

 これらの機能の実現には、制御ソフトウェアだけでなく、車載コンピューターのアーキテクチャーも貢献している。Teslaのモデル3や「モデルS」では、「HW3.0」と呼ぶコンピューターを使い、中央集中型アーキテクチャーを採っている。HW3.0には、高性能なAI(人工知能)機能を実現するために米NVIDIA製GPU(Graphics Processing Unit)機能を含んでいる。

 既存の自動車は、部品メーカーから納品された、数十個の制御コンピューターを使っており、それぞれにソフトウェアが必要になる。Teslaは、AI機能を含むさまざまな機能を、HW3.0の制御ソフトウェアによって変更できる。中央集中型アーキテクチャーが、自動運転を含む自動車の統合制御を容易にしている。

 自動運転は、さまざまなセンサーから発せられるデータを集め分析し、車のさまざまな部品が適切に連動するよう制御しなければならない。ここで、高性能なコンピューターと中央集中型のアーキテクチャーが効果を上げる。

 Teslaは、このアーキテクチャーと設計思想を各サプライヤーに伝えたうえで、要求仕様を提示して部品を調達している。これにより、統一感のある完成度の高い車両を「組み合わせ型」で作りあげる仕組みを確立している。

 このようにTeslaは、デジタルネイティブ製品としての自動車を作り上げ、それを基盤に、新しい機能やサービス、ビジネスを広げていっている。デジタルネイティブな製品が、市場の変化を先取りし、ビジネスモデルや顧客価値を変えている。

 同様の成功例は、TeslaやiPhoneのほか、「Apple Watch」のような腕時計型デバイスなどにも見ることができる。これら以外にも、さまざまなB2C(企業対個人)デバイスや、B2B(企業間)で使われる機器やデバイスにおいても、デジタルネイティブな製品の考え方やビジネスモデルは広がっていくであろう。

大和敏彦(やまと・としひこ)

 ITi(アイティアイ)代表取締役。慶應義塾大学工学部管理工学科卒後、日本NCRではメインフレームのオペレーティングシステム開発を、日本IBMではPCとノートPC「Thinkpad」の開発および戦略コンサルタントをそれぞれ担当。シスコシステムズ入社後は、CTOとしてエンジニアリング組織を立ち上げ、日本でのインターネットビデオやIP電話、新幹線等の列車内インターネットの立ち上げを牽引し、日本の代表的な企業とのアライアンスおよび共同開発を推進した。

 その後、ブロードバンドタワー社長として、データセンタービジネスを、ZTEジャパン副社長としてモバイルビジネスを経験。2013年4月から現職。大手製造業に対し事業戦略や新規事業戦略策定に関するコンサルティングを、ベンチャー企業や外国企業に対してはビジネス展開支援を提供している。日本ネットワークセキュリティ協会副会長、VoIP推進協議会会長代理、総務省や経済産業省の各種委員会委員、ASPIC常務理事を歴任。現在、日本クラウドセキュリティアライアンス副会長。