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テレワーク拡大で「オフィス不要」は本当か【第36回】

大和 敏彦(ITi代表取締役)
2020年9月23日

デジタル先進企業はオフィスの価値を定義済み

 一体感やチームワークの点に関してはオフィスの価値が大きい。テレワークを積極的に推進してきたテレワーク先進国である米国では早々に、テレワークの廃止やオフィス勤務への回帰が起きている。米Yahooは2013年、CEOのマリッサ・メイヤーが在宅勤務を廃止。2017年5月には米IBMがテレワークの廃止を発表している。

 米Appleや米Googleといったデジタル先進企業では、むしろオフィスを重視し、その価値を定義しているほどだ(図1)。

図1:デジタル先進企業がオフィスに期待する価値の例

 デジタル先進企業では、イノベーションの創出が特に重要である。イノベーションは社員間の情報やアイデアの交換や議論から生まれことが多く、そこでは、それぞれの信頼関係が大切だ。Web会議は目的を決めた打ち合わせになりがちで、自由な会話や議論のためには、実際に会ってコミュニケーションするほうが有効である。

 情報やアイデアの交換、信頼関係の構築を重視する考えは、オフィスのコンセプトに反映されている。AppleとGoogleのオフィスは、それぞれの会社のカルチャーと科学的検討に基づいて作られている。オフィス自体が会社のカルチャーや考え方をアピールするとともに、魅力的な空間として優秀な人材獲得にもつながっている。

 Appleの本社は、2017年に完成した「アップルパーク」で敷地の総面積は0.7平方キロメートルもある。50億ドル以上の資金と6年の歳月がかけられた。本社ビルはドーナツ型の4階建てガラス張りの建物で、の床面積26万平方メートル。そこに1万2000人の従業員が働いている。

 このオフィスの最大の狙いは、創造性とコラボレーションの最大化だ。そしてApple創業者であるSteve Jobs氏のワークスペースに対するビジョンを実現している。

 すなわち、オフィスで働く人がチームやチーム以外の人と関係を持ちやすく、さまざまなスキルやバックグラウンドを持つ人々がアイデアを共有し、協力することが目的だ。そのためオフィスには「ポッド」と呼ばれるモジュラースペースが配置され、仕事、議論、交流活動に利用できる。

 オフィスのデザインにも、認知力や創造的思考力が向上するような工夫が盛り込まれている。座席配置も、組織の階層に関係なく、すべてのレベルの人が同じ場所に集まり、周りの人と会話することによって、情報交換やアイデアの発想が高まるように考えられている。創造性を促しイノベーションを推進するオフィスとしてデザインされ、そこに人が集まることの価値を実現している。

多様な人材の偶然の出会いをデザインする

 Googleのワークスペースも、そのコンセプトをイノベーションの推進を目的にしている。そのために「Casual Collision(日常の会話/雑談/議論、偶然の出会い)」を推進し、会話や雑談からアイデアを生み出されることを狙っている。

 従業員は孤立することなく、階層に関係なく機能本位に、それぞれがすぐに会話できるような距離に配置されている。これによって構造的に、それぞれのチームメンバーとの交流が促進され、タイムリーでアドホックなコミュニケーションやアイデア交換が進められる。

 ワークスペースから離れて1人静かに考える場所として、カフェや小さな会議室、テラスなども用意されている。

 一方で、座席配置のように計画された空間だけでなく、偶然の出会いも重視されている。バレーボールコートやボーリング場、クライミングウォール、ジム、プール、無料のカフェテリアなどを設置することで、異なる部署の人たちが思いがけなく知り合ったり会話できたりする可能性を高めている。

 このようなオフィス環境のもとに、モチベーションが高く、実績を持った人を採用し、それらの人々が出会い、会話や議論によって、仕事やイノベーションに関して最高のパフォーマンスを発揮できることを狙っている。

 AppleやGoogleの例からもわかるように、オフィスがどうあるべきかは、その企業が何に重点を置いているのか、その業務の内容がなんであるかによって決められるべきである。

 アイデアを創出し、イノベーションを起こすことがカルチャーであり、重点が置かれているAppleやGoogleでは、そのために座席配置が検討され、コラボレーションや組織を越えた従業員の出会いや会話を促すオープンな環境を実現するワークスペースのデザインを採用している。オフィスに人が集まることの価値を判断し、それを効果的に実現しているところは参考にすべきである。

テレワークとオフィスの役割・使い方を見直すチャンス

 以上述べてきたように、テレワークを進めていくためには、在宅勤務の孤独感の解消、チームとしての活性化、コラボレーションの推進、イノベーション創出をどう実現するかなどの課題があることがわかる。

 これらの課題は、Web会議やSNS(Social Networking Service)などのテクノロジーの進化や活用によって、在宅であっても解決されていくかもしれない。だが、オフィスでの人との出会い、会議室での活発な議論、自席やオープンスペースでの自由な会話の効果の重要性は明らかだ。

 ニューノーマルの今は、テレワークとオフィスの役割と使い方を考え直すチャンスである。効率や生産性だけでなく、会社の成長や差別化を実現するためのカルチャーやビジョンを明確にし、業務の仕方、コミュニケーションを見直す中で、そこでのオフィスの役割やデザインを決めていく必要がある。

大和敏彦(やまと・としひこ)

 ITi(アイティアイ)代表取締役。慶應義塾大学工学部管理工学科卒後、日本NCRではメインフレームのオペレーティングシステム開発を、日本IBMではPCとノートPC「Thinkpad」の開発および戦略コンサルタントをそれぞれ担当。シスコシステムズ入社後は、CTOとしてエンジニアリング組織を立ち上げ、日本でのインターネットビデオやIP電話、新幹線等の列車内インターネットの立ち上げを牽引し、日本の代表的な企業とのアライアンスおよび共同開発を推進した。

 その後、ブロードバンドタワー社長として、データセンタービジネスを、ZTEジャパン副社長としてモバイルビジネスを経験。2013年4月から現職。大手製造業に対し事業戦略や新規事業戦略策定に関するコンサルティングを、ベンチャー企業や外国企業に対してはビジネス展開支援を提供している。日本ネットワークセキュリティ協会副会長、VoIP推進協議会会長代理、総務省や経済産業省の各種委員会委員、ASPIC常務理事を歴任。現在、日本クラウドセキュリティアライアンス副会長。