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デジタル政府ランキングに見るDXの要件【第38回】

大和 敏彦(ITi代表取締役)
2020年11月24日

ランキング3位のエストニアの戦略的な取り組み

 デジタル国家ランキングの3位に入っているのが、IT立国で有名なエストニア共和国である。同国の状況をデジタル化推進の観点から見てみたい。

 エストニアは、ラトヴィア、リトアニアとともにバルト3国として旧ソ連から独立し、現在はEUに加盟している人口約130万人の国だ。「国にとって必要なのは領土ではなく人」という考えを持ち、人や国に関するデータ、および国の仕組みを「e-State」という形でサイバー空間上に実現している。サービス、インフラとプラットフォーム、人材の3つの観点で見ていこう。

サービス

 エストニアでは、行政サービスや、情報公開や国民参画に関するデジタル化が進んでいる。行政サービスの99%がオンラインで手続きできるといわれており、会社設立や確定申告、選挙投票、個人情報の閲覧などもネット上で簡単にできるようになっている。これらのデジタル化推進の結果、EGDIのオンラインサービス指標は14カ国中2位の0.9941とトップクラスになっている。

インフラとプラットフォーム

 インフラとプラットフォームの構築に関しては、戦略的なアプローチが採られた。エストニアでは、インターネットやICT環境へのアクセスを「社会的権利」と考え、その実現を1996年から始めている。

 2002年には、e-StateのコアとなるIDカードの導入が始まっている。個人情報(eID)を暗号化して埋め込んだIDカードの所有を15歳以上の国民に義務付け、身分証明書、運転免許証、健康保険証すべてを統合した。スマホをIDに使えるモバイルIDへの対応や、eIDを民間企業が提供するサービスでも活用できるようにするなど、eIDと、そのコネクティビティが他のデジタル化のベースになっている。

 「X-road」と呼ばれる情報連携基盤によって、各機関のデータベースが相互にリンクされている。情報を効率的に管理できるとともに、情報連携や活用の広がりを実現している。セキュリティに関しても、eIDとX-roadによって、本人の許諾なしには、個人データを国や運営する事業者が、使用したり監視に使ったりができないようになっている。

人材

 エストニア内には、旧ソ連時代のサイバネティックス研究所があり、同研究所の人材がe-State構築に貢献した。当初から、セキュリティ分野を重点分野として人材を強化しており、インフラのサイバー攻撃に対するセキュリティ強化や、機密情報管理、官民連携の防衛体制の仕組みの構築など、e-Stateを支えるセキュリティ基盤だけでなく、「Data Embassy」と呼ぶ斬新なデータ保護の仕組みを作り上げている。

 Data Embassyは、サイバー攻撃や軍事攻撃、災害の際に脆弱になる可能性があるエストニア政府や国民の重要なデータのコピーを、同盟国のサーバーに分散し、保管する仕組みで、他国にも提供している。

 またNATO(North Atlantic Treaty Organization)の研究施設であるサイバーディフェンスセンターのサイバーセキュリティ本部がエストニアに設立されるなど、セキュリティ分野での人材育成と、その人材が広く活躍できる仕組みを作り上げている。人材投資分野の決定と人材の活用を広げることが、強い人材を引き付ける。

 国民のデータリテラシーやIT知識レベルを高めるために、早期教育も行っている。10歳ごろまでにPCに触れインターネットを勉強することを始め、15歳ごろまでにはソフトウェアの知識を身に着け、ロボット工学や本格的なプログラミング、アプリケーション開発ができるよう教育を受ける。誰もがホームページを作成できるような知識を身に着けるなど、国民全員のIT知識レベルを高める政策が採られている。

 このようにエストニアでは、政府の強いリーダーシップのもと、インフラ、人材、サービスが統合した戦略的なデジタル化が推進されている。

政府も企業もDXへのアプローチは共通

 E-Government Surveyでは、デジタル政府における最新動向にも触れている。e-Governmentのプラットフォーム化、オンラインとオフラインのマルチチャネル化、サービス開発のアジャイル化、「e-Participationと呼ばれる情報公開やオピニオンの吸い上げなどだ。

 そこには、市民参画の仕組みから、データ中心アプローチ、市民を中心とした行政サービスへのアプローチ、AI(人工知能)やブロックチェーンなどの新しいテクノロジーの活用、スマートシティに向けたアプローチなどが挙げられている。

 これらはデジタル政府をテーマにした取り組むだが、企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進においても同様の投資やアプローチが必要である。

 DXの推進においては、業務のデジタル化と、AIやクラウド、ブロックチェーンといったテクノロジーの活用に焦点が当たりがちである。だが、プラットフォーム化など、それらを支える仕組みの実現がなければ、長期的な活用やデジタル化の発展につながりにくい。

 デジタル企業としてDXに取り組み続け、企業の継続的な成長を実現するためには、人材はもとより、企業内インフラやプラットフォームへの投資が重要である。

 人材に関しては、DXを推進するデジタルによる変化を考えられる人材や、それを構築する人材の確保と育成とともに、社員全員のデジタルリテラシーの向上が不可欠だ。

 インフラとプラットフォームの観点からは、データ中心アプローチやアプリケーションの開発と連携を容易にするプラットフォームの構築、それらを稼働させるためのネットワークの構築と活用、さらにセキュリティが必要である。

 デジタル化の対象分野に関しては、効果はもちろん、ビジネスとの整合性、顧客価値の検討が重要だ。その実現にあたっては、単に現行のサービスをシステム化するだけでなく、業務の必要性やプロセスやフローも忘れてはならないし、新しいテクノロジーを活用した変革も検討すべきである。

大和敏彦(やまと・としひこ)

 ITi(アイティアイ)代表取締役。慶應義塾大学工学部管理工学科卒後、日本NCRではメインフレームのオペレーティングシステム開発を、日本IBMではPCとノートPC「Thinkpad」の開発および戦略コンサルタントをそれぞれ担当。シスコシステムズ入社後は、CTOとしてエンジニアリング組織を立ち上げ、日本でのインターネットビデオやIP電話、新幹線等の列車内インターネットの立ち上げを牽引し、日本の代表的な企業とのアライアンスおよび共同開発を推進した。

 その後、ブロードバンドタワー社長として、データセンタービジネスを、ZTEジャパン副社長としてモバイルビジネスを経験。2013年4月から現職。大手製造業に対し事業戦略や新規事業戦略策定に関するコンサルティングを、ベンチャー企業や外国企業に対してはビジネス展開支援を提供している。日本ネットワークセキュリティ協会副会長、VoIP推進協議会会長代理、総務省や経済産業省の各種委員会委員、ASPIC常務理事を歴任。現在、日本クラウドセキュリティアライアンス副会長。