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広がるxR(VR/AR/MR/SR)のビジネスチャンス【第40回】

大和 敏彦(ITi代表取締役)
2021年1月18日

コロナ禍で影響が大きい旅行業界がオンライン観光に活用

 すでにxRの活用は、デジタル観光やデジタルライブ、バーチャルオフィスなど様々な分野に広がっている。例として旅行業界におけるxR事例を見てみよう。

 旅行業界は、コロナ禍で大きなビジネスインパクトを受けた業種の1つだ。現実の旅行や観光に代わるサービスとして、xRを活用したオンライン観光を多くの会社が提供している。美術館や博物館などもオンラインで鑑賞できたりする。

 旅行大手のJTBは、オンライン修学旅行を商品化している。バーチャルな体験に加え、観光地の人たちとの交流やインストラクター派遣、オンラインでの指導による伝統工芸作りなど、リアルな体験も可能だ。

 ANA(全日本空輸)は、グループの旅行代理店ANAセールスが提供する国内旅行商品の購入客に、VRゴーグルと360°カメラを有料でレンタルするサービスを提供している。旅行者は、360°カメラで撮影した映像を自宅などにいる人にリアルタイムに送信・共有し、その場で会話ができる。

 HISは、海外にあるホテルの様子を360°映像でリアルに体験できるコンテンツを営業所で展開している。

 既存の旅行業界からだけでなく、新しいエンタテインメントとしてのビジネスも起きている。東京・池袋に本社を置くFIRST AIRLINESが、その1社だ。

 FIRST AIRLINESは「ファーストクラスに乗って世界をめぐる旅へ」をキャッチフレーズに、主要な観光地のバーチャル観光を提供する。観光地の仮想体験加え、実際の空港やファーストクラスの機内を模した内装と座席、さらにCAの格好をした従業員や機内での食事といったリアルな疑似体験を組み合わせている。

 新しいスポーツ観戦の方法も登場している。横浜DeNAベイスターズとKDDIが協業する「バーチャルハマスタ」では、VR空間にある横浜スタジアムを舞台に、多くのファンがグループ観戦機能を使って会話をしながら、スタジアムのグラウンドに設けられた大型ビジョンでの試合観戦を可能にしている。

トレーニングやコミュニケーションへの応用も

 ビジネスの分野でも、様々なところで活用が広がっている。例えばVRを使ったトレーニングでは、実際の現場を仮想空間に展開することで操作や作業、点検手順などを学習できる。現実では難しく危険なことでも、安全に教育を疑似体験の形で進められる。

 コミュニケーションにも活用されている。3D映像やシミュレーション結果を共有したバーチャルデザインレビューや研修への活用、生産現場や保守・点検作業へのARを使った作業指示や支援などの例がある。

 xRをより簡単に活用できるようになれば、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)などでの活用も進む。実際xRを使った仮想オフィス実現の動きも出ている。先述のMagic Leapは、「co-presence」と呼ぶ仕組みを開発している。遠隔地にいる実際の人間の3D映像を目の前に立体的に再現し、現実同等のコミュニケーションを可能にする。Web会議の臨場感を高めるだけでなく、オフィスのあり方も変わっていくだろう。

 医療分野では、手術シミュレーションや手術支援に使われ始めている。医療教育やトレーニング、歯科医の治療支援の分野に事例を見ることができる。治療や病気やケガからのリハビリにも応用されている。例えば認知行動療法VRは、従来の認知行動療法をベースに、セラピーの中で説明する考え方や場面をVR化している。

応用の広がりでHMDやxRコンテンツの課題も明確に

 xRの応用が広がるにつれ、解決すべき課題と解決の方向も明らかになってきた。課題の1つは、HMDの装着性やバッテリー寿命などに関する問題。もう1つは、xRコンテンツの各種装置との互換性の問題である。これらの課題が解決されれば、xRの応用は、さらに簡単になり、より広く使われるであろう。

 HMDの問題を解決するのが5Gである。xRは5Gの有力なユースケースとしても挙げられている。ネットワークが高速化・低遅延化すれば、HMD側で実行している処理を、ネットワークを経由し、離れた場所にあるサーバーで処理すれば、HMDは処理結果だけを表示すればよくなる。

 ただしサーバーをクラウドに設置すると、インターネットを介することになり、複数の接続点(ホップ)を経由することによるネットワークや接続点での遅延が発生し、xRが必要とする低遅延性を実現できない。サーバーはHMDの近く、すなわちエッジに設置する必要がある。

 ローカル5Gを使って現場にサーバーを設置する方法もある。だが、ローカル5GをxRのためだけに設置するのは難しい。サーバーを5Gの通信業者の施設内に置ければ低遅延と高帯域幅を利用でき、xRの1つの解決案になる。これを実際に提供する例が米Amazon.comの「AWS Wavelength」である。

 AWS Wavelengthは、5Gネットワークを提供する通信事業者のデータセンター内に、コンピューティングサービスとストレージサービスを組み込んだAWSのインフラストラクチャーを設置するサービスである。既に米国、欧州、日本、韓国の5G通信事業者と提携している。日本ではKDDIが5Gネットワークを提供する。

 このように5Gとエッジの活用によってHMDの機能を最小限にできれば、画質を落とすことなく小型・軽量化によって装着感を改善し、バッテリー寿命を延ばし、価格を下げることが可能になる。HMDなしでxRを体験できるホログラムの開発も進んでおり、xRの活用拡大を促進する。

 xRコンテンツと各種装置の互換性に対しては「OpenXR」と呼ばれる動きがある。様々なプラットフォームのデバイス間の仕様を決めることで、xRコンテンツをより広く体験できるようにすることを目指す取り組みだ。オープンなロイヤリティフリーなAPI(アプリケーションプログラミングインタフェース)標準やツールを提供する。

 OpenXRに準拠したコンテンツやHMDが広がれば、より幅広いコンテンツの制作や活用につながっていく。

新しいUXとして表現や体験を変えていく

 このようにxRは、ゲームやエンターテインメント、スポーツ観戦などにとどまらず、ビジネスや生活など様々な分野における新しいUXとして、表現や体験を変えていく。5Gによるネットワークの低遅延化・広帯域化は、xRを使ったコミュニケーションや遠隔モニター、遠隔操作といった双方型の活用にも応用を広げていくだろう。

 各種の表現が2Dから3D、さらに時間を加えた表示へと変わっていけば、データの視覚化や芸術などにも応用され、新たなビジネスチャンスにつながっていく。今後、人が持つ知識・経験、さらにはAI(人工知能)とも結びついたxRが、ビジネスや社会のデジタルトランスフォーメーション(DX)を加速していく。

大和敏彦(やまと・としひこ)

 ITi(アイティアイ)代表取締役。慶應義塾大学工学部管理工学科卒後、日本NCRではメインフレームのオペレーティングシステム開発を、日本IBMではPCとノートPC「Thinkpad」の開発および戦略コンサルタントをそれぞれ担当。シスコシステムズ入社後は、CTOとしてエンジニアリング組織を立ち上げ、日本でのインターネットビデオやIP電話、新幹線等の列車内インターネットの立ち上げを牽引し、日本の代表的な企業とのアライアンスおよび共同開発を推進した。

 その後、ブロードバンドタワー社長として、データセンタービジネスを、ZTEジャパン副社長としてモバイルビジネスを経験。2013年4月から現職。大手製造業に対し事業戦略や新規事業戦略策定に関するコンサルティングを、ベンチャー企業や外国企業に対してはビジネス展開支援を提供している。日本ネットワークセキュリティ協会副会長、VoIP推進協議会会長代理、総務省や経済産業省の各種委員会委員、ASPIC常務理事を歴任。現在、日本クラウドセキュリティアライアンス副会長。