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加熱する金融のディスラプションを制するのは誰か【第50回】

大和 敏彦(ITi代表取締役)
2021年11月22日

 独立系のFintech企業も急速に成長している。デジタル決済では、中国のAlipayのAnt Financial Groupや米Paypal、日本のPayPayがいる。POSを中心とした決済テクノロジー系では、米Stripeや米Squareが該当する。米Uber TechnologiesやシンガポールのGrab、インドネシアのGoJekのようにライドシェアからFintechに進出する企業も出てきている。

 デジタル決済以外の分野にも様々なベンチャー企業が表れている。これら企業は、テクノロジー活用やビジネスモデル、獲得したユーザーを差別化要因として、ビジネスを拡張していくとともに、グローバルな展開も見せている。

既存の金融機関も“攻め”の投資を増やしている

 一方で、こうした動きを迎え撃つ既存金融機関の変革も進む。変化への追随や人員・コストの削減などの“守り”の対策にとどまらす、チャンスと見て“攻め”の投資をする金融機関も増えている。米Goldman Sachs、米Citi Group、米JPMorgan Chase(JPMorgan)などは、Fintechや革新的なテック系ベンチャーへの投資やM&A(企業の統合・買収)にも積極的なうえに、テクノロジーの自社開発にも力を入れている。

 そのうちの一社であるJPMorganは、商業銀行と投資銀行を子会社に持つ持ち株会社で、株価時価総額は約5100億ドルに達し、世界株価時価総額ランキング12位(2021年6月時点)の大企業であるが、金融業界のディスラプションが進む中で、自らがディスラプターとして、変革をリードしていく方針を発表している。

 そのための取り組みとして、ロイヤルカスタマーを増やすこと、クラス最高の商品を開発することに加えて、最先端のテクノロジーを開発することを挙げる。

 実際に、イギリスで2021年9月に支店を持たないデジタルバンクを立ち上げた。デビットカードの利用に対しては最初の1年間は1%をキャッシュバックするほか、買い物時の支払いをポンド単位とし、その差額を年利5%の貯蓄口座に自動入金できるサービスを始めている。

 テクノジーの投資では、年間120億ドルを投入する。その投資は「テクノロジーの変化は非常に速いため、今日のためのテクノロジーを開発するだけでなく、5年後、10年後の消費者のテクノロジーニーズを予測している」という。

 開発分野としては、よりスマートで使い易いアプリケーションや、バーチャルアシスタント、ビッグデータ、それらを支えるサイバーセキュリティ、ブロックチェーン、クラウド、AIなどを挙げる。

 図1に、JPMorganが挙げるAI分野のリサーチテーマを示す。経済予測、顧客体験、金融犯罪対策などビジネスに直結するテーマだけでなく、人材活用や、ポリシー順守、AIの倫理・社会的問題についても取り上げている。幅広い分野で、今後の問題や将来の顧客要求を想定した研究・開発にとりくんでいることがうかがえる。

図1:米JPMorgan Chaseが挙げるAI(人工知能)分野のリサーチテーマ

 社内には5万人ものテクノロジー関連人材を抱え、自らがテクノロジーの開発や活用を迅速に推進できる体制を構築してもいる。顧客や商品/サービスを強みに、さらなる成長や競争力を目指して、テクノロジーを重視した投資を進めているわけだ。

テクノロジーで自社の持つ強み・弱みを変革する

 このようにFintech分野は、金融機関と、非金融系のFAMGAのようなプラットフォーマーや新興企業のグローバルな戦いが展開されている。そうした競合の中で勝ち抜いていくためには、企業の戦略として、その変革をチャンスととらえ、ディスラプターになるべくチャレンジする必要がある。デジタルディスラプションのスピードは速く、守りだけで戦うことは難しいからだ。

 そこでは、ロイヤルカスタマーの獲得や、競争力のある商品/サービスに加え、テクノロジーが大きな競争要因になっていることも明らかだ。通貨や決済自体のデジタル化が進むに伴って、顧客接点もデジタルに変わるためである。

 データ化が進めばデータ活用も必須になる。先端テクノロジーの動向や顧客ニーズを先読みし、テクノロジーによって自社の持つ強みを強化したり、既存のやり方やビジネスを破壊したりするアイデアを考えることが重要だ。

 Fintechの進化や金融のディスラプションはまだまだ続いていく。攻めのDXのための創造性とテクノロジー活用が必要とされている。

大和敏彦(やまと・としひこ)

 ITi(アイティアイ)代表取締役。慶應義塾大学工学部管理工学科卒後、日本NCRではメインフレームのオペレーティングシステム開発を、日本IBMではPCとノートPC「Thinkpad」の開発および戦略コンサルタントをそれぞれ担当。シスコシステムズ入社後は、CTOとしてエンジニアリング組織を立ち上げ、日本でのインターネットビデオやIP電話、新幹線等の列車内インターネットの立ち上げを牽引し、日本の代表的な企業とのアライアンスおよび共同開発を推進した。

 その後、ブロードバンドタワー社長として、データセンタービジネスを、ZTEジャパン副社長としてモバイルビジネスを経験。2013年4月から現職。大手製造業に対し事業戦略や新規事業戦略策定に関するコンサルティングを、ベンチャー企業や外国企業に対してはビジネス展開支援を提供している。日本ネットワークセキュリティ協会副会長、VoIP推進協議会会長代理、総務省や経済産業省の各種委員会委員、ASPIC常務理事を歴任。現在、日本クラウドセキュリティアライアンス副会長。