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次世代インターネットとしてのメタバースの価値【第58回】

大和 敏彦(ITi代表取締役)
2022年7月19日

3Dデータを扱う領域でのビジネス活用が先行

 インターネットの発展において、ビデオ活用やEC(電子商取引)、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)などの活用が、コンシューマ分野からビジネス分野へと広がっていったことを考えれば、メタバースでの動きや、そこでのツールがビジネスにも広がるのは確実だ。

 企業側でもすでに、メタバースのビジネスチャンスを捕まえようと動き出している。企業でのユースケースとしてMckinseyのレポートでは、(1)マーケティング/キャンペーン、(2)教育/人材育成、(3)会議/コラボレーション、(4)イベント/カンファレンス、(5)デジタルツインをトップ5に挙げる(図1)。

図1:ビジネス分野におけるメタバースのユースケースのトップ5

 これらのうち(1)については、ゲーム業界や旅行業界の動きとして説明した。(2)から(4)に関連するコミュニケーションに関しては、米Microsoftや米Meta Platform(旧Facebook)、米Cisco Systemsなどがメタバースのソリューションを発表している。既存のコラボレーションツールを進化させ仮想空間における会議のほか、仮想でのコラボレーションや設計レビュー、他者の遠隔サポート、トレーニングなどを可能にする。

 そこでは、3D映像やアバターによって参加でき、相手がいる方向から声が聞こえる立体音響などの技術によって臨場感を高める。物理的なコンテンツやデジタルコンテンツを3Dで確認し共同で編集できるなど、没入感を高めた体験によって、現在のWeb会議も、より現実に近いものになるだろう。

 (5)デジタルツインへの適用も進む。デジタルツイン自体、以前から3Dデータを利用している製造業や建設業、スマートシティ業界を中心に、その活用が広がっている。米Deloitteの調査によれば、デジタルツインの世界市場は年率38%で成長し、2023年には160億ドルに達すると予想されている。

 製造業では、現実に存在する製品や機器、環境をデジタル上に再現し、設計時のレビューやシミュレーションによって、製品や工場を実際に作る前に、その最適度合いを確認するといった活用が進んでいる。IoT(Internet of Things:モノのインターネット)によって、リアルタイムでの動作状況をデジタルツインに反映し、運用管理や製造の最適化、機器の予兆診断に利用する動きもある。

 建設業では、建築物に関するデータベースをデジタルツインとして構築し、設計から施工、維持管理までの全工程で活用しようとする動きが高まっている。デジタルツインでは、使用している建材などの建物の構成要素それぞれの仕上げ情報や管理情報といった属性データをBIM(Building Information Modeling)データとして作成・管理する。

 土木現場では、ドローンとセンサーを使った3D計測により土木現場のデジタルツインを生成することで、進捗を管理したり建機を自動運転したりする実験が始まっている。建設現場でも、現場に設置したセンサーで取得したヒトやモノの動きをデジタルツインとして表示することで、建設現場の状態をリアルタイムに可視化できる。

 風力発電インフラでは、デジタルツインを活用することで、風車の寿命や劣化を予測するとともに、風向きに合わせて発電量を最大化することにも取り組んでいる。

 他分野でもデジタルツインの活用は増えている。スマートシティや医療・ヘルスケア、農業などのユースケースも見られる。ネットワークの進化と、AI(人工知能)/IoTなどのテクノロジーの進化によって、デジタルモデルによるシミュレーションや/開発・運用の最適化、自動化などへのデジタルツインの活用は今後も広がっていく。

メタバースが何をどう変えていくかを注視する

 メタバースの構築に必要な要素を示したのが図2である。ソフトウェアや仮想空間、HMD(Head Mount Display)の軽量・簡易化など、関連の技術の進化は、それ自体が新しいビジネスやビジネスチャンスを生み出す。

図2:メタバースの構築に必要な要素

 メタバースにおいて没入感や臨場感を高めるには、単にフィジカルを置き換えるのではなく、デジタルによってフィジカルを補うことで現実を変えていくアプローチが必要になる。インターネットはこれまでに、仕事や生活、娯楽、学習など多くのものを変えてきた。メタバースの動きも今後、新しいビジネスモデルやユースケースによって、次世代のインターネットを形作っていく。

 それだけに、メタバースへの展開を単に見え方やUI(User Interface)の変革だと見るのではなく、メタバースによって、人と人、人とモノ、人とコト、会社と会社の関係がどう変わり、生活や仕事がどう変わっていくのかを注視する必要がある。そこから自社のデジタルトランスフォーメーション(DX)や新ビジネスへ発展させていくことが重要だ。

大和敏彦(やまと・としひこ)

 ITi(アイティアイ)代表取締役。慶應義塾大学工学部管理工学科卒後、日本NCRではメインフレームのオペレーティングシステム開発を、日本IBMではPCとノートPC「Thinkpad」の開発および戦略コンサルタントをそれぞれ担当。シスコシステムズ入社後は、CTOとしてエンジニアリング組織を立ち上げ、日本でのインターネットビデオやIP電話、新幹線等の列車内インターネットの立ち上げを牽引し、日本の代表的な企業とのアライアンスおよび共同開発を推進した。

 その後、ブロードバンドタワー社長として、データセンタービジネスを、ZTEジャパン副社長としてモバイルビジネスを経験。2013年4月から現職。大手製造業に対し事業戦略や新規事業戦略策定に関するコンサルティングを、ベンチャー企業や外国企業に対してはビジネス展開支援を提供している。日本ネットワークセキュリティ協会副会長、VoIP推進協議会会長代理、総務省や経済産業省の各種委員会委員、ASPIC常務理事を歴任。現在、日本クラウドセキュリティアライアンス副会長。