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SpaceXがリードする衛星インターネットの“これから”【第62回】

大和 敏彦(ITi代表取締役)
2022年11月21日

ウクライナへのインターネット支援で話題となっている米Space Exploration Technologies(SpaceX)が日本でもサービスを開始した。多数の低軌道人工衛星を協調して動作させ、高速で低遅延のブロードバンド環境を提供する。今回は、同社のサービスを軸に、衛星インターネットの“これから”を考えてみたい。

 米Space Exploration Technologies(SpaceX)の「Starlink」は、高度550キロメートルに打ち上げた衛星が地上のアンテナと通信することで、ダウンロード速度が最大350メガビット/秒、遅延は20~40ミリ秒のブロードバンド通信を提供するサービスである。

 これまでの衛星通信は、高度約3万6000キロメートルで地球を周回する静止衛星を使い、広範囲のエリアをカバーする通信サービスとして提供されてきた。高高度にあるため、衛星とのデータ通信に片方向だけで200ミリ秒の遅延が発生する。これに対しStarlinkなど高度2000キロメートル以下の低軌道衛星を使うサービスは遅延時間を小さくできる。

 低軌道衛星は静止していないため、多数の衛星を協調動作させる「衛星コンスタレーション運用方式」で通信サービスを提供する。Starlinkの場合は、高度550キロメートルに約1600基、高度1150キロメートルに約2800基、さらに高度340kmにはデータレートが高い衛星を約7500基、それぞれ配置することで衛星コンスタレーションを実現する計画だ。2022年8月時点の衛星数は、同月に打ち上げた53機を加えた2388機である。

 これほど多数の衛星を使うサービスが可能になった要因としては、打ち上げ費用の低減が挙げられる。ロケットの再利用や多数の衛星を同時に打ち上げることでコスト低減を図っている。

 SpaceXでは、第1段ロケットを打ち上げ後、それを着陸させて回収し繰り返し使用している。10回再利用したケースもある。一度に打ち上げられる衛星の数を増やすために、衛星の大きさを数十センチ程度に小型化し、1枚式の太陽光パネルを使うなどで最大60機の搭載を可能にしてもいる。他の大型衛星と同時に打ち上げてのコスト削減も行っている。

 宇宙で大量の衛星を運用するためにSpaceXでは、衛星の衝突回避や宇宙ゴミ(スペースデブリ)を出すことを防ぐ手段も取っている。例えば打ち上げ時には、衛星をまず低い「パーキング軌道」に投入し、衛星の機能をテストした上で、問題のない衛星だけを本来の軌道に投入する。機能が不良な衛星は低軌道に移動させ、大気抵抗によって燃え尽きさせる。正常な衛星も役目を終える際には高度を下げ、意図的に再突入し燃え尽きるのを早める。衛星自体には、スペースデブリや宇宙船との衝突を自動的に回避する機能を持たせてもいる。

インターネットの可能性を広げる衛星インターネット

 では、なぜ衛星通信のために巨額な投資を行うのであろうか。1つはデジタルデバイドの解決である(図1)。世界全体をみれば、アフリカや南米など、全世界人口の約半数が未だインターネットを利用できない状況にある。高速/大容量のブロードバンド環境となれば、その普及率はさらに下がる。そこでは、全世界をカバーする衛星インターネットが効果を発揮する。

図1:衛星インターネットの活用が期待される用途

 またウクライナの例のように、アンテナがあれば他のインフラなしにブロードバンド環境を利用できるようになる。自然災害時など地上での通信が不通になった時にも衛星インターネットは有効に活用できる。

 現在、Starlinkのサービス料金は、衛星通信の利用に必要な「Starlinkキット」は7万3000円、月額使用料は1万2300円と、光ファイバーを使ったインターネットサービスより高価だ。それでも、過疎地のような光ファイバーやモバイル通信が使えないところでは有効である。

 通信障害や自然災害時のバックアップ回線としての期待も高い。2022年7月2日に大規模障害を起こしたKDDIは国内の法人企業や自治体を対象にStarlinkの提供を開始している。またKDDIは、過疎地や島しょ部などを対象に5Gの「バックホール回線」への使用を検討してもいる。バックホール回線とは、無線基地局と基幹回線網をつなぐネットワークである。

 もう1つは、インターネットの利用場所の拡張だ。衛星インターネットは、海や空からでもインターネットへのアクセスを可能にする。Starlinkでは、海の上からでもビデオ通信やストリーミングビデオ、オンラインゲームなどを楽しめる。

 空からの活用では現在、機内インターネットサービスは静止軌道衛星あるいはアメリカでは地上から上空に向けて電波を送る「ATG(Air To Ground)」と呼ぶシステムを使って提供されている。低軌道衛星インターネットに置き換えれば、より安価で低遅延のインターネット活用が可能になる。すでにハワイアン航空は、2023年以降Starlinkを使って乗客への無料Wi-Fiサービスの提供開始を発表している。