• Column
  • 大和敏彦のデジタル未来予測

DXを成功に導くためになすべき変革の中身【第63回】

大和 敏彦(ITi代表取締役)
2022年12月19日

日本のIT業界の構造がIT企業を弱体化している

 クラウドを活用する利用企業側だけでなく、プラットフォームを提供するIT企業の側も日本は遅れている。例えば、デジタル庁は2022年10月3日、日本の行政機関が共同利用する「ガバメントクラウド」の調達先を公表したが、そこに挙がったのは、Amazon.com、Google、Microsoft、Oracleの4社で、クラウドビジネスで世界シェアの高い米国企業が占めた。

 そもそもガバメントクラウドの応募に対し、米国の4社以外、日本の企業からは応募すらなかった。その理由は、クラウドサービスの運用負荷を軽減するマネージドサービスに対する数多い要件に、日本企業が対応できなかったからだ。

 2022年度版のガバメントクラウドは、330強の要件を挙げている。その大半はマネージドサービスの仕様だ。サーバーやネットワークなどのシステム基盤の自動化などにとどまらず、ミドルウェアや開発、アプリケーションも含めた運用支援まで、開発と運用のプロセス全体を支援する幅広い分野が必要とする機能を要件定義している。

 クラウドサービスは、アプリケーションを開発・実行するためのプラットフォームだ。クラウドの先進ユーザーは、そのプラットフォームを使った開発・運用ができなければ、市場の変化に迅速に対応しながら優れたサービスを提供することはできない。そのために必要な機能の提供で日本のIT企業は出遅れているわけだ。

 こうした状況になった背景には、日本のシステム構築の仕組みの影響がある。米国では元々、利用企業が技術者を抱え内製化によってシステムを構築・運用するのが基本である。これに対し日本では、利用企業よりIT企業に属する技術者が多く、利用企業は仕様だけを作り、その仕様に基づいてIT企業に外注してシステムを作ってきた。

 ソフトウェアパッケージを使用するようになって以後も、自社仕様に合わせたカスタマイズを多用している。カスタマイズは、迅速な対応やアップデートを妨げる。カスタマイズする前に、現在の業務プロセスを前提とした自社仕様が本当に重要な機能であるかを検討する、さらには業務プロセス自体の改革が必要である。

 こうした構造は、記憶に新しいみずほ銀行のシステムトラブルや、新型コロナウイルスへの感染者との接触を確認するアプリケーション「COCOA」の開発過程を見ても、今も残っている。IT企業への依存度が高い、この仕組みでは、利用企業の側にITに関するノウハウが残らず、その蓄積を必要とする変革を続けることが難しい。

 結果として、IT企業の収益がSI(システムインテグレーション)費用や保守費用に依存していく。IT企業は、それらの売り上げが下がったり、開発リスクが上がったりする先端技術には手を出し難くなる。つまり、先進技術をアーリーアダプターとして活用するイノベーションが起こりにくい構造になっているわけだ。

 こうした日本のIT業界に残る構造を改革しイノベーションを起こすには、外注にすべてを頼る体制から、自らがプラットフォームを選び、開発や運用をリードする体制への変革が不可欠である。デジタル化の波に晒されている分野やベンチャー企業は、デジタル化を戦略の中核に掲げ、内製化によってサービスを提供し、継続的な改革を進められる体制を作ってきている。レガシーな仕組みを解決し、デジタルによる仕組みと、デジタル開発のための仕組みを実現できなければ、新のDXは成功しない。

組織や仕組みを変革するための4つの検討ポイント

 過去の成功体験にとらわれず、デジタル化に向けて組織や仕組みを変革するためには、以下の検討が必要である。

検討ポイント1:全社的なDXビジョンの策定と共有

 全社的なDXビジョンを立て、それを共有して進めることが大事である。クラウドに対する上司の理解度の調査では、「理解しておらず、説明するのに時間がかかったり、方向性が見いだせない」との回答が38.6%を占めている(ガートナー調べ)。PwCの調査でも、十分なDXの成果を上げた企業の70%では経営層がDXビジョンを具現化しており、64%はDXにおける権限や役割を明確化している。

検討ポイント2:プラットフォームの選定

 ビジョンと役割に基づいて、その実行を迅速にするためには、クラウド活用が不可欠だ。進化するクラウドをプラットフォームとして、どう活用していくのかを考える必要がある。

検討ポイント3:サービスやアプリの検討

 サービスやアプリケーションの開発においては、新たな価値・顧客体験につなげ、ビジネスをどう変えるかの視点からの議論が不可欠である。AI(人工知能)、データ解析、5G(第5世代移動通信)など個別のテクノロジーに挑戦するだけでなく、それらの活用によるビジネス変革を考える必要がある。

検討ポイント4:優先順位付け

 プロジェクトの優先順位付けも重要だ。自社ビジネスへの影響を考え優先順位を付ける。自社のデジタル人材を有効活用する意味でも重要である。

イノベーションが経済や社会にもたらす影響をも考える

 デジタル化によって企業間競争は激化し、その競争力は、新しいビジネスモデルによって大きく変わる。デジタル技術の進捗を見極め、先進テクノロジーへ挑戦し、それらを新たな価値・顧客体験として提供し続けることが、企業の競争力や成長につながる。さらにグローバルでの差別化・競争力を高めるには、単にイノベーションに投資するだけでなく、イノベーションが経済や社会にもたらす影響を考える必要もある。

 デジタル化のビジョンを基に、デジタルによる仕組みづくりとともに、デジタル開発のための仕組みを変革することがDXを成功に導く。

大和敏彦(やまと・としひこ)

 ITi(アイティアイ)代表取締役。慶應義塾大学工学部管理工学科卒後、日本NCRではメインフレームのオペレーティングシステム開発を、日本IBMではPCとノートPC「Thinkpad」の開発および戦略コンサルタントをそれぞれ担当。シスコシステムズ入社後は、CTOとしてエンジニアリング組織を立ち上げ、日本でのインターネットビデオやIP電話、新幹線等の列車内インターネットの立ち上げを牽引し、日本の代表的な企業とのアライアンスおよび共同開発を推進した。

 その後、ブロードバンドタワー社長として、データセンタービジネスを、ZTEジャパン副社長としてモバイルビジネスを経験。2013年4月から現職。大手製造業に対し事業戦略や新規事業戦略策定に関するコンサルティングを、ベンチャー企業や外国企業に対してはビジネス展開支援を提供している。日本ネットワークセキュリティ協会副会長、VoIP推進協議会会長代理、総務省や経済産業省の各種委員会委員、ASPIC常務理事を歴任。現在、日本クラウドセキュリティアライアンス副会長。