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金融業界を揺さぶるFintechの今【第65回】

大和 敏彦(ITi代表取締役)
2023年2月20日

トピック2:エンベッデドファイナンスとBaaSの台頭

 「エンベデッドファイナンス(組み込み型金融)」は、金融以外の事業を展開する企業が、デジタル技術を使って、自らのサービスに金融サービスを組み込んで提供するモデルである。それを可能にするために「BaaS(Banking as a Service)」と呼ぶデジタルサービスが登場してきている。その市場は、2021年から2029年にかけて年平均成長率(CAGR)16.2%の成長が期待されている(米Global Information調べ)。

 BaaSは、銀行など金融機関が提供している機能やサービスを、オープンなクラウドサービスとして提供する。小売業者やインターネットバンキング事業者は、銀行免許を取得することなく、自社のアプリケーションから金融サービスを提供するエンベッデドファイナンスを実現できる。BaaSのAPI(アプリケーションプログラミングインタフェース)を使うことで、開発費を削減しながら自社サイト/アプリで金融まで含めた一貫サービスを提供できることになる。

 BaaSを提供するのは、銀行やプラットフォーマーなどだ。例えば、米Goldman Sacsは、米Appleのクレジットカードサービス「Apple Card」にBaaSを提供している。米Googleは金融機関の米Citi Group などと提携し、スマホの利用者向けに銀行口座サービスを提供すると発表した。米Microsoftは、同社のクラウドサービス「Azure」からBaaSを提供している。

 現状、主に利用されているサービスはオンラインでの決済機能が中心だが、貸付や投資、保険などへと広がっている。買物をした際に自動的に実行される与信機能により「後払い」を提案したり、高額な買い物に自動でローンを提案したりを可能にしている。

 金融以外の事業会社が、自社アプリに金融機能を追加することは、種々の機能を一元的に提供する「スーパーアプリ」化の流れとも一致する。GoogleやApple、米Amazon.comなどのように、さまざまなサービスを統合し、そこから得られるデータを収集・分析することで、ビジネスをさらに拡大する。

 すでに、検索やSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)、配車などの機能を提供することで多くの顧客を獲得した企業が、スーパーアプリ化への動きを加速させている。アジアでも中国の決済サービスのアリペイ、SNSのWeChat(微信)、シンガポールの配車サービスGrabなどがスーパーアプリ化を実現している。

 スーパーアプリは、集客やアプリの展開を集約でき、事業の成長につなげられる。利用者にとっても、スーパーアプリに一度、会員登録すれば、新しい機能は簡単な登録だけで利用できる。ただ一方で、スーパーアプリによる分野を越えた競争や、提携などによる業界再編、データの独占といった問題も起こっている。

トピック3:BNPLの広がり

 BNPLは「Buy Now Pay Later」の略で、買い物時に分割・後払いができる新しい支払い方式である。手数料を店舗側が負担するモデルを採用し、消費者は手数料なしで利用できる。ECでの利用が欧米を中心に世界中で増えている。Amazon.comも米Affirm Holdingと組んでBNPLを提供すると発表した。

 後払いは、これまでもクレジットカードでは可能だった。だがクレジットカードは、取得時の個人情報の提供や審査などが必要なほか、分割払いでは金利手数料が発生する。BNPLでは、AI(人工知能)技術を使った与信管理により貸倒率を抑えることで、手続きを簡略にし利用のハードルを下げている。

 例えばBNPLのパイオニアであるスウェーデンのKlarnaでは、ECサイト上でメールアドレスと住所、電話番号を入力すれば利用できる。手数料を負担する店舗側のメリットは、金額を理由に商品購入を諦めていた消費者を取り込む機会が得られることと、登録関連情報を入力する手間による離脱を防げることである。

トピック4:チャレンジ―バンクの躍進

 チャレンジャーバンクは、銀行免許を取って銀行サービスを提供する事業者である。顧客重視、テクノロジー活用を掲げ、実店舗を持たずにモバイルを前提にサービスを設計することで、決済、送金、小口融資、個人向け資産運用といった小口の金融サービスを安価に提供する。2021年~2028年の年平均成長率は47.17%と予測されている(Fintech Journal調べ)。

 ネオバンクとは異なり銀行免許を持つため、既存の銀行と同じサービスも提供できる。デビットカードの発行がその一例だが、モバイルを前提にすることで、デビットカードの購入履歴が迅速にアプリに反映され確認ができたり、紛失時の利用停止が迅速に処理できたりする。

 チャレンジャーバンクの設立は、米国やイギリスが先行した。日本では、既存銀行と連携してサービスを提供する例が増えている。auフィナンシャルホールディングスと三菱UFJ銀行が共同出資する「auじぶん銀行」や、ふくおかフィナンシャルグループが設立した「みんなの銀行」、みずほ銀行とLINEによる「LINE銀行」などがある。

デジタル化で集まるデータのマネタイズが重要

 スマホやモバイルネットワーク、AI、クラウドといったデジタルテクノロジーの進化により、自社のビジネスを変化させ競争力を高めたり、新しいビジネスモデルによる新ビジネスを立ち上げたりが可能になっている。すなわちデジタルトランスフォーメーション(DX)である。上記の例は、金融業界におけるDXによる既存サービスのデジタル化や新しいビジネスモデルの創出例だ。

 ほかにも金融業界では、ローンの自動承認、顧客サービスのためのチャットボット、新規顧客申し込み時の即時承認など、AIや機械学習(ML:Machine Learning)、自然言語処理などの技術を活用することで、反復的で平凡なタスクの自動化を進めている。

 今後も、通貨のデジタル化やキャッシュレス化がさらに進めば、使用履歴などのデータの収集がより容易になる。そのデータをAI技術で分析すれば、既存ビジネスの強化だけでなく、新しいビジネスモデルの創出などが可能になる。DXにおいては、そうしたデータの収集・分析からのマネタイズの検討が重要であり、不可欠になる。

大和敏彦(やまと・としひこ)

 ITi(アイティアイ)代表取締役。慶應義塾大学工学部管理工学科卒後、日本NCRではメインフレームのオペレーティングシステム開発を、日本IBMではPCとノートPC「Thinkpad」の開発および戦略コンサルタントをそれぞれ担当。シスコシステムズ入社後は、CTOとしてエンジニアリング組織を立ち上げ、日本でのインターネットビデオやIP電話、新幹線等の列車内インターネットの立ち上げを牽引し、日本の代表的な企業とのアライアンスおよび共同開発を推進した。

 その後、ブロードバンドタワー社長として、データセンタービジネスを、ZTEジャパン副社長としてモバイルビジネスを経験。2013年4月から現職。大手製造業に対し事業戦略や新規事業戦略策定に関するコンサルティングを、ベンチャー企業や外国企業に対してはビジネス展開支援を提供している。日本ネットワークセキュリティ協会副会長、VoIP推進協議会会長代理、総務省や経済産業省の各種委員会委員、ASPIC常務理事を歴任。現在、日本クラウドセキュリティアライアンス副会長。