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ローカル5Gのユースケースが5G活用のDXを加速する【第68回】

大和 敏彦(ITi代表取締役)
2023年5月22日

プライベート5Gによる産業活性化で先行する中国

 こうした中、「5Gは社会を変える」という目標を掲げ5G活用を推進し、実際に先行しているのが中国である。中国の基地局数は2023年2月時点で230万局を越え、2323年には60万局をさらに追加する。移動通信関連の業界団体GSMAは、中国が2025年中に世界で初めて10億台の5G接続を達成する国になると予測している。10億台の中身は、スマホだけでなく、さまざまな機器が含まれる。

 社会インフラとして5G基地局を整備することで、それらを活用したユースケースの開発に力を入れる。新ビジネスの開発やデジタル化を加速するためのインフラとしての5Gとユースケースの水平展開も図っている。ユースケースのコンテスト「ブルーミングカップ」も開催する。2022年に開かれた第5回大会のテーマは「5G empowers new business, digital blooms new future」で、2万8000もの応募があった。

 中国で5G周波数を保有する通信事業者は、中国電信(China Telecom)や、中国聯通(China Unicom)、中国移動通信(China Mobile)などだ。各社は、パブリック5Gとともに、日本のローカル5Gに相当するプライベート5Gを電力網や鉱業、港湾、製造業、医療、交通、教育などの産業向けに展開している。提供形態には、(1)ネットワークスライシングを使った仮想型、(2)公衆網と接続しない専用型、(3)基地局を共有する混合型の3つがある。

 中国の通信事業者が指定する業界メディアでIT分野の情報共有サイトであるC114コミュニケーションネットワーク(通信网)によれば、既に5325のプライベート5Gネットワークが存在し、2万以上のユースケースが生まれている。大規模な事例も登場している。

 中国電信が提供する「5Gカスタマイズネットワーク」の事例に、黄華スマートポートがある。港湾業務における機械の遠隔制御やインテリジェント識別、測位技術といったスマート化を進めている。

 中国南方航空は、「インテリジェント航空機サービス」と呼ぶ中国初の航空機整備のための5G利用について、中国電信と契約した。整備施設とクラウド間のリアルタイム通信や、AIとセンサーの連携、スマート整備プロセスにおけるHMI(ヒューマンマシンインターフェース)の連携などに使用する。

 中国中部では、石油化学業界最大の5Gスマートファクトリープロジェクト「中国-韓国(武漢)石油化学工業」が進む。5Gを使ったデータ収集とビデオ監視、マシンビジョン、MEC(Multi-access Edge Computing)などにより、安全かつ効率的な生産の実現を目指す。

 中国聯通のユースケースの1つに、「デジタル漁船」プロジェクトがある。陽江での漁や海洋牧場などに携わる4000隻以上の漁船に、同国初の5G海洋プライベートネットワークと5Gデジタル漁船システムを提供し、24時間体制で監視することで台風や大雨による災害の影響を軽減する。同プロジェクトは、携帯電話の世界最大のカンファレンス「MWC(ワールドモバイルコングレス)2023」で、GSMAから「5G生産性チャレンジ賞」を受賞した。

 寧波市政府は、地元製造業企業と協業し、複数企業を結ぶ「5Gコネクティッド工場群」の形成に取り組んでいる。5G接続による情報の共有やデータ活用、革新アプリケーションの利用により、企業群としての競争力を高め地域としてのスマート製造を目指している。

 これらのユースケースを見れば、5Gネットワークをインフラにすることがデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進を加速することが分かる。そこでのカギは、カスタマイズ可能な5Gネットワークと、水平展開可能なアプリケーションの展開だ。

AIやロボットなど先端技術との組み合わせが5Gの価値を高める

 5Gの経済効果は、2030年までに9600憶ドルになり、うち65%が中周波数帯の利用によると予測される(GSMA調べ)。2030年の世界のGDPへの貢献額を業種別に見れば、製造が2270億ドル、ヘルスケアや教育を含むサービスが1290億ドル、公共が960億ドル、ICTが480億ドル、移動・建設が400億ドル、金融は390億ドルである(同)。製造への変革の可能性が大きいと見られているわけだ。

 製造業における5Gの活用先としては、機械やロボットの稼働状況などのデータ収集や、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)によるリモート制御、部品や製品を移動させるAGV(Automatic Guided Vehicle)の自動運転、画像認識やAI(人工知能)技術による品質検査などが挙げられる。

 安定した高速・低遅延なネットワークという5Gの特徴に、AIやロボット、ビッグデータ、デジタルツイン、xR(AR:Augmented Reality/VR:Virtual Reality/MR:Mixed Reality)といった先端技術を組み合わせることで、さまざまな課題を対象にした解決策が登場し、それらを活用したDXが今、製造中心から、農業や医療、防災、施設管理、警備、観光といった分野に広がろうとしている。

 中国でのプライベート5Gを使ったDX事例に見られるように、5Gは、スマホのためのモバイルネットワークから、社会インフラになりつつある。AI技術やクラウド、ロボットなどと組み合わせた5Gが、社会インフラとして新ビジネスの創出や人手不足の解決、生産性の向上などの課題を解決していく。ビジネス成長につなげるユースケースを生み出すことが5Gの価値の社会実装を可能にし、活用範囲を広げていく。

 ローカル5Gにおいては今後、ネットワークスライシングによる仮想ネットワークや、基地局を共有するハイブリッドネットワークも生まれてきて、5Gを使ったDXをより進めやすくなる。その時には、アクセスの容易さやセキュリティの確保といった機能を統合する必要がある。5Gの活用が広がり、新ビジネスやビジネス変革につながり、マネタイズが広がることは6G(第6世代移動体通信)へもつながっていく。

大和敏彦(やまと・としひこ)

 ITi(アイティアイ)代表取締役。慶應義塾大学工学部管理工学科卒後、日本NCRではメインフレームのオペレーティングシステム開発を、日本IBMではPCとノートPC「Thinkpad」の開発および戦略コンサルタントをそれぞれ担当。シスコシステムズ入社後は、CTOとしてエンジニアリング組織を立ち上げ、日本でのインターネットビデオやIP電話、新幹線等の列車内インターネットの立ち上げを牽引し、日本の代表的な企業とのアライアンスおよび共同開発を推進した。

 その後、ブロードバンドタワー社長として、データセンタービジネスを、ZTEジャパン副社長としてモバイルビジネスを経験。2013年4月から現職。大手製造業に対し事業戦略や新規事業戦略策定に関するコンサルティングを、ベンチャー企業や外国企業に対してはビジネス展開支援を提供している。日本ネットワークセキュリティ協会副会長、VoIP推進協議会会長代理、総務省や経済産業省の各種委員会委員、ASPIC常務理事を歴任。現在、日本クラウドセキュリティアライアンス副会長。