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エッジコンピューティングが現場のDXを加速する【第82回】

大和 敏彦(ITi代表取締役)
2024年7月22日

ビジネス分野でもユースケースが増えている

 PCやスマホといったコンシューマー市場だけでなく、ビジネス市場においてもエッジ化が広がっている。インドFortune Business Insightsによれば、世界のエッジコンピューティングの市場規模は、2023年が159億6000 万ドル、2024年は214億1000万ドルとみられる。2032年には2167億6000 万ドルに成長すると予測され、この間のCAGR(Compound Annual Growth Rate:年平均成長率)は33.6%が期待されている。

 これらの市場には、エッジデバイス、エッジクラウド、ソフトウェア/アプリケーション、サービス、ネットワークが含まれ、それぞれで大きな成長が見込まれる。

 ビジネスへのエッジコンピューティング応用の実態を見てみたい。米Dell Technologiesと米Intelが2022年に米Forrester Consultingに依頼して実施したエッジコンピューティングに関するオンライン調査結果『Power New Edge Use Cases and Momentum』によれば、企業は現在、IT予算の14%をエッジに費やしており、次年度には17%に増加する。

 活用先としては、企業は現在、平均6.5件のユースケースを導入しており、今後は平均8.4件を導入する予定である。特にエッジ化が成熟している業界は、通信、小売り、ヘルスケア、政府機関だ。これらの業界では現在、13.3件のユースケースが展開され、今後さらに7.5件のユースケースの展開が計画されている。

 全業界で展開されているユースケースのトップ5と、その例を以下に挙げる。

1位=セキュリティと監視 :セキュリティカメラにAI(人工知能)技術による認識機能を搭載しての自動店舗での認証や、エッジコントローラー側での解析による工場での製品検査や装置の状態判断に利用されている。

2位=エネルギー管理 :エレルギー消費データをリアルタイムに収集し消費量に応じて電力を供給することで、ピーク時の電力消費に対応する。

3位=プロセスまたはサプライチェーンの自律的オペレーション :製造などの現場において、人や物、設備の動きを可視化し、機械学習や分析によって最適化を実現し、生産性の向上や作業の自動化・自律化を図る。

4位=在庫管理および倉庫管理 :バーコード、QRコードなどで在庫や倉庫の状況をエッジで管理し、実数と管理データを一致させ、商品の一元管理につなげる。在庫を把握し、自動発注を実現する。

5位=追跡・追跡ソリューション :画像認識によって対象を追跡する。

 これらの例をみれば、現場のDX(デジタルトランスフォーメーション)にエッジコンピューティングが重要な効果をもたらしていることが分かる。ここでのエッジコンピューティングのためのデバイスとしては、スマホやPCなどに加え、製造におけるPLC(Programable Logic Controller)、現場のデータ収集・処理や制御を担うエッジゲートウェイ、ロボットのコントローラー、エッジクラウドなどが考えられる。

クラウド連携やOTとの融合を視野に適用先を定める

 エッジコンピューティングが過去の分散と異なるのは、エッジがクラウドと連携していることである。エッジがデータを収集し、それを分析や機械学習し、その結果をエッジにフィードバックし、自動化や自律化につなげる必要がある。分散したデバイスやソフトウェアの管理にもクラウドが効果を発揮する。

 そのためエッジコンピューティングの実装にはネットワークの実装が必須である。クラウドベンダーや通信キャリアが提供するエッジソリューションを使うことも選択肢になる。

 例えば米AWS(Amazon Web Services)は、「Wavelength」と呼ぶモバイルエッジコンピューティングアプリケーション用のサービスのインフラを提供している。通信キャリアの5G(第5世代移動通信システム)ネットワーク内に「Wavelength Zone」を設け、5Gのネットワークと直結して高速のアクセスとクラウドとの連携を提供する。「Snowcore」と呼ぶエッジ用の携帯デバイスも用意する。

 同様に、通信キャリアも「MEC(Multi-access Edge Computing)」と呼ぶサービスを提供している。現場から5Gネットワークで結んで分散配置されたサーバーによって処理を実行する。

 クラウドによる集中処理とエッジ化による分散処理では、それぞれにメリットとデメリットがある。大規模な処理や高度な生成AIには、膨大なコンピューターパワーやストレージが必要であり、それにはクラウドによる集中処理が望ましい。

 一方の分散処理では、すでに述べたようなメリットがあるが、複数ロケーションに点在するデバイスやIT機器管理、大量データの管理、アプリケーションの展開やアップデートなど、分散によって生ずる困難さがある。エッジコンピューティングを成功させるには、クラウドでの処理とエッジでの処理を分析し、それぞれの強みを生かすことが重要だ。

 エッジコンピューティングは今後、図2のような要因から増加を続ける。センサーやAI技術の進化によって自動化や自律化が進む。そのベースはデータの重要性であり、エッジコンピューティングによって、アプリケーションの品質要求の多様化への対処が可能になる。

図2:エッジコンピューティングのドライブ要件

 流通、物流、製造、医療、監視、エネルギー管理など、さまざまな分野で膨大なデータの収集と、現場でのDXを実現するために、エッジコンピューティングが重要な役割を果たす。現場の制御などの自動化がDXの重要なソリューションになっている。

 これらの実現には、デジタル技術だけでなく運用・制御のためのOT(Operational Technology:制御技術)との融合が不可欠だ。OTの今後の方向性や問題点・課題を特定し、ITによって、どのようなデータが収集でき、それによってどのようにプロセスを改革できるかを検討する必要がある。

大和敏彦(やまと・としひこ)

 ITi(アイティアイ)代表取締役。慶應義塾大学工学部管理工学科卒後、日本NCRではメインフレームのオペレーティングシステム開発を、日本IBMではPCとノートPC「Thinkpad」の開発および戦略コンサルタントをそれぞれ担当。シスコシステムズ入社後は、CTOとしてエンジニアリング組織を立ち上げ、日本でのインターネットビデオやIP電話、新幹線等の列車内インターネットの立ち上げを牽引し、日本の代表的な企業とのアライアンスおよび共同開発を推進した。

 その後、ブロードバンドタワー社長として、データセンタービジネスを、ZTEジャパン副社長としてモバイルビジネスを経験。2013年4月から現職。大手製造業に対し事業戦略や新規事業戦略策定に関するコンサルティングを、ベンチャー企業や外国企業に対してはビジネス展開支援を提供している。日本ネットワークセキュリティ協会副会長、VoIP推進協議会会長代理、総務省や経済産業省の各種委員会委員、ASPIC常務理事を歴任。現在、日本クラウドセキュリティアライアンス副会長。