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- 大和敏彦のデジタル未来予測
5Gの社会インフラ化に向けたロードマップ【第84回】
ステップ1:ローカル5G/プライベート5Gによるユースケースの構築
パブリック5Gは、スマホ向けの展開を優先している。そのため現在、5G機能のメリットをビジネスに生かすにはローカル5Gまたはプライベート5Gと呼ばれる使い方が求められる。
ローカル5Gは、一般企業や自治体、各種団体などが、高速大容量、高セキュリティ、低コストなどのネットワークを実現するために、工場や建物、敷地内、イベント会場など特定のエリアで構築する5Gネットワークだ。総務省への免許申請が必要で保守の責任も生じる。
それに比べプライベート5Gネットワークは、通信事業者の基地局や無線帯域を使った仮想5Gネットワークである。構築・運用を通信事業者に依頼するため、構築や保守の手間がかからない。これらの5Gによって、メリットを享受するとともにユースケース構築のノウハウを蓄積することが、今後の5G/6G(第6世代移動体通信)の時代に生きてくる。
ステップ2:5G SA活用の広がり=ネットワークスライシングの実用と廉価化
現在の5Gは「NSA(ノンスタンドアローン)」と呼ばれ、基地局は5G対応ではあるが、ネットワークのコアには4Gの装置を使っており、本来の5Gの機能を発揮できない。本来の機能を実現する「SA(スタンドアローン)」への移行中である。
SAになれば、ネットワークスライシング機能を活用できる。モバイルネットワークを速度や遅延時間を変えて使える仮想ネットワークを実現し、さまざまなネットワーク品質の要求を持つアプリケーションの混在が可能になる。『The Mobile Economy 2024』によると世界では、2024年1月時点で47事業者がSAネットワークでの商用5Gサービスを提供している。日本でもSA化やスライシングの商用化に向けて進みつつある。
ステップ3:5G-Advancedによる高度化
「5G-Advanced」は、5Gの拡張で、10倍以上の高速化・大容量化と、ネットワークおよび端末の消費電力削減を実現する。帯域が増えることで多重化による仮想化が容易になる。現在は標準規格の策定段階にあり、事業者の半数以上が、標準規格の発表後、1年以内に5G-Advancedによるサービス展開を見込んでいる。
新しい用途として、高い周波数を利用した測位・センシングによるデータ取得が可能になり、運用自動化などといったAI活用のためのアーキテクチャーが実現できる。例えば中国の重慶長安汽車は5G-Advancedを使い、高精度の位置決めを低電力で行うことで、自動車製造における安全管理や効率的な生産を実現している。
ステップ4:Red CapによるIoTの広がり
「RedCap」は、中低スピードのウェアラブルデバイスやセンサーなどの端末にマッチするよう機能を絞った新たな5G規格である。日本導入に向けた技術条件が総務省で検討されている。2024年12月に報告書が取りまとめられ、2025年中に制度整備が完了する可能性がある。
RedCapは5G網を使うことでIoTネットワークの構築を容易にし、小型化・低廉化・省電力化を実現する。4Gや他の通信手段によるIoTからの移行を含め、IoTの活用を拡大する。
経済効果の実現にはアプリを含めた事業のDXが不可欠
こうした5Gの進化によってビジネスへの応用が始まっている。『The Mobile Economy 2024』は、5Gの経済効果は、世界のGDPの5.4%を占め、経済付加価値は5.7兆ドルに達したとする。今後、スマート工場やスマートシティ、スマートグリッドなど、さまざまなデジタル化を支えていく。今後の7年では、業績への利益貢献の36%は製造業から、15%が行政から、10%がサービス業から、それぞれもたらされると予測される。
これらの効果を実現するためには、インフラだけでなく、アプリケーションを含めた事業のDXが不可欠だ。インフラの進化に対応した新しい利益向上の方法も考える必要がある。それには生成AIも大きく貢献する。
5Gの展開・活用で進んでいる中国を見てみたい。2024年6月末時点で、中国の5G基地局の総数は391.7万局に達し、携帯基地局総数の33%を占めている(中国工業・情報化部調べ)。5Gに関しては、2023年末には3万1600のスライシングを活用した仮想プライベート5Gネットワークを設置済みだという。
5G以外にも、1Gビット/秒の光ネットワークやデータセンター、エッジデータセンターなど、大規模データセンターを中心に中小規模のデータセンターを配置した次世代の大規模デジタルインフラの構築を目指している。
コンピューティングに関しては、第14次五カ年計画で「2025年までに300EFLOPS(エクサフロップス)」という目標値を挙げ、AIによる利用比率を35%に引き上げるという目標を追加している。
これらのインフラを活用した5Gのアプリケーションを「5G+インダストリアルインターネット」と呼び、キャリアと地方政府が密接に連携し開発を推進している。コンテストなど成果を共有する仕組みも持っている。
5Gのアプリケーションの数は2023年末時点で9万4000を超える。鉱業、電力、港湾、医療・健康、公共安全、スマート交通などに水平展開され、アプリケーションの分野は、AIやIoT等を活用し主要産業の70%をカバーしている。『サイバー攻撃が狙うIoT機器の現状と、その活用が引き起こす変革【第79回】』で述べたように、中国のIoT接続件数は2023年末時点で5Gが8億件になっている。
中国HUAWEIは、通信業者の新しいビジネスになる可能性のある3D(3次元)アバターのアニメーションを使った通話機能や、3D動画のストリーミングなど、5Gを使った新機能を発表している。ネットワークのインフラと、それらを使ったアプリケーションの開発と展開を進めることで、デジタル化による変革、すなわちDXが実現する。
6Gでは遠隔地域や宇宙も通信可能な範囲に
このように、5Gの社会インフラ化に向けたロードマップが進展している。これらがリーズナブルなコストで使用可能になれば、強力なDXの推進に大きく貢献できる。ユースケースやユーザーが増えることで、5Gが真の社会インフラになるとともに、次のインフラへの投資を促進する。
6Gではさらに、「超カバレッジ拡張」や「超多接続」が可能になる。遠隔地域や宇宙にまで通信のカバー範囲を広げ、1平方キロメートル内の接続可能数を5Gの100万台から1000万台へ増やすことで、さまざまなモノが6Gに接続できるようになる。6Gネットワーク、AIサーバーなどのデータセンター、エッジデータセンター、高速光ネットワークの実現が、次世代のデジタル社会インフラとして重要になる。これらを活用した新しいビジネスの実現が、今後の変革には不可欠になる。
大和敏彦(やまと・としひこ)
ITi(アイティアイ)代表取締役。慶應義塾大学工学部管理工学科卒後、日本NCRではメインフレームのオペレーティングシステム開発を、日本IBMではPCとノートPC「Thinkpad」の開発および戦略コンサルタントをそれぞれ担当。シスコシステムズ入社後は、CTOとしてエンジニアリング組織を立ち上げ、日本でのインターネットビデオやIP電話、新幹線等の列車内インターネットの立ち上げを牽引し、日本の代表的な企業とのアライアンスおよび共同開発を推進した。
その後、ブロードバンドタワー社長として、データセンタービジネスを、ZTEジャパン副社長としてモバイルビジネスを経験。2013年4月から現職。大手製造業に対し事業戦略や新規事業戦略策定に関するコンサルティングを、ベンチャー企業や外国企業に対してはビジネス展開支援を提供している。日本ネットワークセキュリティ協会副会長、VoIP推進協議会会長代理、総務省や経済産業省の各種委員会委員、ASPIC常務理事を歴任。現在、日本クラウドセキュリティアライアンス副会長。