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ネットワークとAIが支える医療DXの進展【第90回】

大和 敏彦(ITi代表取締役)
2025年3月24日

医療分野におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)への取り組みが進み始めている。ネットワークやビッグデータ、AI(人工知能)ロボットといったテクノロジーを使った高度化が進む。これらテクノロジーの進化の勢いは、さらに増しており、仕事やサービスの変革、新ビジネスの創出を加速する。今回はテクノロジーを活用した医療DXの動向を見てみたい。

 医療分野にデジタルテクノロジーを応用し新しいサービスなどを創出する医療DX(デジタルトランスフォーメーション)が進展してきている。電子カルテ化やクラウド化は、医療情報の共有やデータの収集・蓄積を可能にし、医療情報を共有するためのプラットフォームへと発展しつつある。

日本は医療分野でのマイナンバーカード活用を推進

 その中で日本政府は、マイナンバーカード(マイナカード)を健康保険証として利用することを推進している。本人が、自身の本人確認と過去の医療情報の提供に同意することで、被保険証番号のほか、特定検診や薬剤、診療、手術などの医療情報を医療機関と迅速に共有できる。マイナポータルからは自身の情報を確認できる。

 マイナカードの活用は、保健・医療・介護の各段階における認証と、情報やデータの保存の共通化・標準化を図ることで、医療のさらなる合理化を図る。同時に、クラウドやネットワークをプラットフォームにして、さまざまな保険・医療・介護の関係者やシステムをつなぎ、医療費増加問題の解決や予防、より迅速で正確な医療や介護の実現を目指している。保存したデータは、AI(人工知能)モデルの学習に活用することで、さらなる進化につなげられる。

 こうしたデジタル化においてはデータの重要性が高まる。個人情報の漏えいや不適切な扱いは患者の権利利益を害するだけに、データの共有や活用には十分な注意が必要だ。これらセキュリティに関する懸念や導入の進め方から、マイナ保険証の利用率は2025年1月時点で25.42%にとどまっている。

 利用率を高めるには、個人情報やプライバシーの保護、データ保存、サイバーセキュリティ対策に加え、利用者の仕組みの理解や各種リテラシーの強化が不可欠である。

ネットワークの進化が遠隔医療や遠隔手術を可能に

 医療DXの実現を根本で支えているのはネットワークである。さまざまな情報・人・モノを接続し、情報やデータの保存・共有を実現する。インターネットは安価な接続を世界に広げた。さらにWi-Fiやモバイルインターネットなどによりワイヤレスでの接続が容易になり、さまざまな接続機会を増やしている。光ファイバーや5G(第5世代移動体通信)などの進化により、帯域やレイテンシー(遅延)、ジッター(遅延のバラツキ)といったネットワーク品質は向上し、活用できることが増え続けている。

 接続機能を提供するネットワークは、コミュニケーションの改革にも寄与する。テレワークは、ネットワークに接続されていれば、場所に問わられず会話や会議・講演への参加を可能にし、コロナ禍の出社制限に伴い急速に広がった。

 同技術を医療DXに適用したオンライン診療や遠隔医療が広がっている。スマホやPC、タブレット端末からビデオ会議やメッセージングサービスなどにアクセスし、患者が医療施設を実際に訪れることなく、医療情報を医療提供者と共有しながら相談し、医学的アドバイスや治療を受けられる。従来は診療報酬に結びつかないことが課題だった。だが厚生労働省がオンライン診療の初診料や再診料を設定したことで、その利用が加速した。

 遠隔医療の市場規模は全世界で、2023年の944億4000万ドル(14兆1660億円。1ドル150円換算、以下同)が2030年には2862億2000万ドル(42兆9330億円)に成長すると予測されている(印Fortune Business Insights調べ)。日本のオンライン医療の規模は2035年に106億円に成長すると予測されている(富士経済調べ)。

 遠隔診断は、感染リスクを低減するだけでなく、離れた場所からの医療を可能にし、通院時間の節約や患者の利便性向上、コストや時間の節約を実現する。こうした利便性から遠隔医療によるセカンドオピニオンの相談も広がっている。

 今後は、ネットワークやカメラの進化による高精細画像やXR(eXtended Reality:ARやVRなどの総合技術)の活用により、ロボットによる遠隔手術といった分野にも広がる。8K画像は横7680×縦4320ピクセルの画像を提供し、2Kフルハイビジョン(横1920×縦1080ピクセル)の16倍の高精細映像を提供する。

 8K画像を使った手術では、人の目では見えないような微小外科手術も実現できる。100マイクロメートル程度の神経繊維や毛細血管をつなぎ合わせられ、術野の全体像と患部の拡大像を同時に見ることも可能になる。帯域や低遅延の品質の高いネットワークを構築すれば、8K映像を遠隔地からリアルタイムで処理できるようにもなる。

 XRは、コミュニケーションの臨場感を高めるとともに、遠隔治療の精度向上に役立てられる。施術シミュレーションなど、医師・看護師に対する研修や、医療従事者への情報提供の効率化、患者の状態理解、リハビリトレーニングなどに利用できる。

 遠隔医療時には患者の医療情報の共有は不可欠だ。IoT(Internet of Things:モノのインターネット)接続した聴診器や血圧計などで得られるバイタルデータを共有できれば、診断や治療の精度は高まる。X線撮影やMRI、CTスキャンなどの画像も、IoT接続によりデジタル化され、診断や患者への説明に使えるようになった。さらに、AIモデルの学習データとして活用や、AI技術によるデータ解析も可能になった。

 各種センサーの進化によりウェアラブル機器を使って、心拍数や酸素飽和度、体温、血圧、血糖値などをリアルタイムに測定できるようになった。これらのバイタルデータを収集・解析すれば、患者の生活習慣や行動パターンを把握でき、予防医療に役立てたり生活習慣病などを防いだりが可能になっていく。