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- 大和敏彦のデジタル未来予測
3Dプリントによる製品・製造の変革が始まっている【第92回】
デジタル流通への変革
部品の3Dデータを管理し、リペアセンターや営業所、店舗などに3Dプリンタと素材を配置し、必要に応じて、その場でプリントすれば、部品在庫や輸送費を削減できる。実際に部品を配送するのではなく、3Dデータを送れば現地でのプリントが可能になり、3Dモデルの市場や流通が生まれる。この仕組みは、宇宙開発でも期待されている。月や火星などに基地を建設する際に、建築素材を現地で調達し3Dプリントで建築する研究がなされている。
製品や部品の変革
従来の製造方法では不可能だった複雑な形状の作成や素材の組み合わせが可能になる。これまでより性能を高めた製品が開発できる。一例に仏ミシュランやブリヂストンが開発した新しい概念のタイヤがある。ミシュランは、空気を使わずにパンクや空気圧の減少リスクのないタイヤを開発した。素材としても、リサイクル材であるスチール材やバイオ素材を使用することでサステナビリティ(持続可能性)にも貢献している。
建設や医療、食品などの業界にも3Dプリントが広がる
このように3Dプリントは、新しい製造・物流・製品の改革に大きく貢献できる可能性を持っている。上述したようなメリットは、製造業以外でも生かされ始めている。
建設業界 :コンクリートやモルタル、金属、樹脂を積層し巨大な建築物の構造部材を現地で作り上げる建築技術として3Dプリントが使われ始めている。数日で建設可能な住宅も登場している。大阪・関西万博では竹中工務店が、酢酸セルロースを素材にする構造体を3Dプリンターで出力する様子を展示した。運搬や設置の手間が省け迅速な構築が可能になる。
医療業界 :先に紹介した患者に合わせたインプラントのほか、人口軟骨や人工関節を製造できるまでになっており、CTやMRIのデータを使った3Dプリントが可能になっている。さらに「3Dバイオプリンティング」と呼ばれる細胞パターンを作成して関節などを再生することが試されており、患者に合わせた治療が可能になる。
食品業界 :複数の材料を使って立体的に積層する機能を使い食感や見た目、タンパク質、ビタミン、糖分などの栄養素の組み合わせた自由度の高い食品製造が可能になる。例えば介護において、噛む力や栄養など個人に合った食品の製造を行うことが進められている。さらに、人工肉・培養肉・菓子などで活用が期待されている。
また企業の利用だけでなく、小型で安価な3Dプリンターの広がりにより、個人がDIY(Do It Yourself)に利用したり、自分がデザインした玩具やパズルなどを制作したりする活動もみられる。
一方で当然ながら3Dプリントにも課題はある。1つは、3Dプリンターの高価格化と3Dプリンターを使うためのスキル不足である。それを補うため、3Dプリンターを販売するのではなく、プリントサービスを提供する会社も生まれている。
米NVIDIAが投資する米Free Formが、その1社だ。同社が3Dプリンターを用意し、それを運用・監視することで顧客に高品質な3Dプリントを提供する。自社工場のほかに国内外に200以上の提携工場を持ち、オンラインによる見積もりと発注で、設計開発の支援から試作、量産までに対応する。
もう1つの課題は3Dモデルを作成するためのソフトウェアだ。3Dプリントの造形にはCAD(コンピューターによる設計)ソフトウェアが使われるが、複雑な一体型の形状を実現するためには、部材に分けて設計する従来型の方法ではなく、求める機能要件を直接表現できるソフトウェアが必要になる。
そうした設計方法は「Direct Functional Modeling」と呼ばれ、製品の部品ごとに求められる、さまざまな機能要件を、部材ごとではなく、一体としてデザインする。これが実現すれば、顧客が要求するモデルやアイデアを基に部品を直ぐに製造でき、開発スピードが向上する。他の方法では制作が難しい造形の製造も可能になり、3Dプリンターのポテンシャルを生かせる。
このように、3Dプリントによる製品製造が始まっているが、素材や3Dプリンター、設計技術の進化により、3Dプリントの適用範囲や適用市場が広がっていく。3Dプリントの技術が、新しい仕組みや製品を生み出し、マスカスタマイゼーションやパーソナライゼーション、分散製造など製造の大きな変革が可能になる。
大和敏彦(やまと・としひこ)
ITi(アイティアイ)代表取締役。慶應義塾大学工学部管理工学科卒後、日本NCRではメインフレームのオペレーティングシステム開発を、日本IBMではPCとノートPC「Thinkpad」の開発および戦略コンサルタントをそれぞれ担当。シスコシステムズ入社後は、CTOとしてエンジニアリング組織を立ち上げ、日本でのインターネットビデオやIP電話、新幹線等の列車内インターネットの立ち上げを牽引し、日本の代表的な企業とのアライアンスおよび共同開発を推進した。
その後、ブロードバンドタワー社長として、データセンタービジネスを、ZTEジャパン副社長としてモバイルビジネスを経験。2013年4月から現職。大手製造業に対し事業戦略や新規事業戦略策定に関するコンサルティングを、ベンチャー企業や外国企業に対してはビジネス展開支援を提供している。日本ネットワークセキュリティ協会副会長、VoIP推進協議会会長代理、総務省や経済産業省の各種委員会委員、ASPIC常務理事を歴任。現在、日本クラウドセキュリティアライアンス副会長。