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デジタル時代のイノベーションを生み出す“イノベーションスパイラル”とは? 【第12回】

鍋島 勢理(CDO Club Japan 理事、海外事業局長、広報官)
2018年9月3日

経営資源を自らは持たずに既存産業に参入してくるデジタルディスラプター(破壊者)。彼らへの対応策として既存企業は事業モデルを再定義し、イノベーションを生み出し始めている。イノベーションのための重要な要素を筆者は、コミュニティの存在にあると考えている。そこでのキーワードは「イノベーションスパイラル」である。

 「イノベーションスパイラル」とは、次のように定義できる。

「大学発のアイデアを企業と連携して実証し、その産学の取り組みを都市や行政が支援し、クロスインダストリー、クロスセクターから人や、情報、資金が集まることで、さらなる連携が生まれ、これまで世の中には存在しなかった新しいテクノロジーやサービスが誕生すること」

 イノベーションスパイラルの連鎖により、常に新しいものを生み出すコミュニティが出来上がる。そこにまた、人や、情報、資金が集まってくる。組織にとらわれず、場合によっては、いくつかの組織を掛け持ちしながら、一人ひとりが個人の資源(技術、時間、お金、情報、ノウハウ)をコミュニティにオープンに提供し、コミュニティがさらなる価値へと飛躍させていく。

  ポイントは、このスパイラルの源泉として「アカデミアの存在」と「産業界の連携と行政による支援」が存在していることだ。

世界各地でスパイラルが巻き起こり始めている

 イノベーションスパイラルを起こしている例としてCDO Club Japanが注目しているコミュニティが、カナダのトロント、イスラエル、英国のケンブリッジに存在する。

 トロントは今、北米におけるAI(人工知能)のクラスターとして機能し始めている。米Googleの親会社である米Alphabetがカナダ本社をここに移転する予定だ。カナダ連邦政府やオンタリオ州、トロント市の3者が12億5000万ドルを共同出資し、北米最大の都市エリアを開発しようとする試みもある。

 この取り組みの中心にあるのがトロント大学だ。ディープラーニングの分野で世界をリードし、同分野の権威であるジェフリー・ヒントン氏が教鞭をとっている。優秀な技術者を育成するために、スタートアップコミュニティを企業や行政が支援している。

 一方、イスラエルは、イノベーションが起こるエコシステムを持つ街として知られている。天然資源が少ないことに加え、地政学的な理由から近隣アラブ諸国へのアクセスが限定されていることから輸送コストが低いデジタル技術やIT分野に集中しているという背景もある。

 東西さまざまな知見と経験が混ざりあった社会を作り上げているイスラエルには、米国、中国、韓国の巨大企業を含む200超のグローバル企業がR&Dセンターを置いている。国立のテクニオン・イスラエル工科大学が米マサチューセッツ工科大学(MIT)に比肩して世界最高峰の研究機関として知られ、同国が注力する人材育成の要になっている。

 ケンブリッジは“英国版シリコンバレー”と呼ばれるテクノロジー企業の集積地だ。5000近いテクノロジー企業が集まる巨大クラスターになっている。

日本でイノベーションスパイラルは起こるか?

 このようなイノベーションスパイラルは日本で起こるのだろうか。従来の状況をみれば、産官学の連携は今一歩進まず、さらに個々の企業や省庁においては縦割り組織が根強く残っていると指摘されている。

 実はCDO Clubは上述の3都市において毎年、本稿でも紹介してきた「CDO Summit」を開催している。デジタル化やデータ戦略を率いるCDO(Chief Digital Office:最高デジタル責任者/Chief Data Officer:最高データ責任者)や、スマートシティ構築などを狙う行政関係者、そして大学関係者が集い、相互の連携を後押ししている。

 その流れを受け、CDO Club Japanでは2カ月に一度、「CDO Roundtable」という招待制によるネットワーキングの場を設けている(写真1)。三菱UFJ銀行、サンリオエンターテイメント、サントリーホールディングス、富士フイルム、LDH JAPAN、SOMPOホールディングスなど、多様な業界からのエグゼクティブたちが積極的に意見を交わしている。最近では経済産業省、財務省、総務省などの官公庁からの参加も見られる。

写真1:招待制の「CDO Roundtable」の様子

 アイデアの源泉としての研究機関への関心も高い。産業技術総合研究所や東京大学、東北大学、東京工業大学、早稲田大学などにおける最先端の研究や、大学発スタートアップを紹介してほしいという要望も少なくない。自社のサービスを見直すために、社外にそのきっかけを求め、社外とコミュニケーションを図り、新たな種を見つけることは、CDOの大切な役割である。

 CDO Roundtableを起点に、アカデミアや業界、行政の垣根を超えた連携が起こりイノベーションスパイラルが生まれる可能性は十分にある。それぞれの業界やセクターにおけるデジタル化をリードする革新的個性を持つCDOたちがクロスセクターに連携し始めた時、そのスパイラルはより大きく早く進化していくだろう。

鍋島 勢理(なべしま・せり)

CDO Club Japan理事、海外事業局長、広報官。2015年青山学院大学卒業後、英国ロンドン大学 University College London大学院にて地政学、エネルギー政策を学ぶ。東京電力ホールディングスに入社し、国際室にて都市計画、欧州の電力事情等の分析調査を担当。外資コンサルティングファーム勤務を経て、鍋島戦略研究所を設立。デジタル戦略をリードする国内外の人やデジタルテクノロジーを取材し、テレビや記事、講演などで紹介している。海外のビジネススクールと連携したデジタル人材教育プログラムを開発中である。オスカープロモーション所属。