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CDOが注目する量子コンピューター、社会実装に向けた取り組みを【第13回】

鍋島 勢理(CDO Club Japan 理事、海外事業局長、広報官)
2018年10月1日

デジタルトランスフォーメーション(DX)のけん引役であるCDO(最高デジタル責任者)が注目する次世代技術の1つが量子コンピューターである。現時点では、大学や企業、行政が連携しながら、社会実装に向けた応用の可能性が探られている。

 CDO Club Japanが後援した「量子コンピューティングビジネスフォーラム2018」(主催ウィル・カンファレンス)が先頃開かれ、大学や研究機関、民間企業から同技術の実用化に向けて取り組んでいるキープレーヤーたちが講演した。同フォーラムには、多数の大手企業のCDO(最高デジタル責任者)の姿があった。いずれも執行役員あるいは同等の役割を担う人々である。なぜ今、CDOが量子コンピューターに注目しているのか。

 シェアリングエコノミーなど、経営資源を自らは持たず新規参入してくるデジタルディスラプター(破壊者)が台頭し、既存企業は、ビジネスモデルの再定義やイノベーションの創出を迫られている。海外では「この危機迫った状況に対抗しなければ、マスエクスティンクション(業界ごと大量絶滅)が起こる」とまで指摘されている。

 “デジタル社会”が叫ばれ、平成という時代が終わろうとしている今、高度成長期からの過去の成功体験にすがりつくだけでは、刻一刻と移り変わる時代から取り残され、そこに対応した同業他社に引き離されてしまう。そうした意識を持つ企業の経営層、そしてデジタル化のリーダーたるCDOは、打開策の1つとして量子コンピューターが生み出す可能性を探っているのだ。

 そうした期待に応えるためCDO Club Japanは、世界初の商用量子コンピューターを開発したカナダのD-Wave Systemsと、量子コンピューターに関心のある企業数社との意見交換の場を設けた。参加したのは、大手自動車メーカーや銀行、エンジニアリング、電気通信事業者、広告代理店などのCDOらが集まった。どのような事業に活かせるか、具体的な投資額やビジネスモデルなどについて活発なディスカッションが続いた(写真)。

写真:世界初の商用量子コンピューターを開発したカナダのD-Wave SystemsのPresidentであるBo Ewald氏と筆者

変革点を迎えた量子コンピューター、研究開発から社会実装フェーズへ

 量子コンピューターには、量子ゲート方式や量子アニーリング方式がある。現在、商用化に成功しているハードウェアの基礎理論はアニーリング方式だ。巡回セールスマン問題などの「組み合わせ最適化問題」に特化することで、金融や交通、流通、広告といった分野の最適化に向けた応用が期待されている。ディープラーニング(深層学習)の学習過程の性能向上にも用いられている。

 量子コンピューターの技術は、1つの変換点を迎えている。大学や企業の研究所だけで研究が進む時代が終わったからだ。今後は、社会実装フェーズに進み、量子コンピューターという名の技術の“原石”を、民間企業や自治体などがデータや人、資金といったリソースを提供し、学術界と共に磨き上げるべき段階に来ている。

 すでに社会実装に向けた取り組みが始まっている。豊田通商とデンソーが、タイで実施している渋滞情報配信サービス「TSQUARE」が、その一例だ。タイのToyota Tsusho Nexty Electronicsが開発するTSQUAREでは、量子コンピューターを利用し、13万台のタクシーやトラックに取り付けた専用車載器で収集したクルマの位置情報から、高精度な渋滞予測とタクシー配車サービスを提供している。

 世界各国で都市化が進み、人口増加や交通渋滞、環境問題が深刻化するとされるなか、大都市における渋滞情報には大きな価値がある。しかし、それを基に最適化を図ると言っても、総配送距離や、総燃費、トラックの稼働台数、配送収益など、評価指標を何に定めるかで計算方法や導かれる結果は大きく変化する。

 そのため実用化に向けては、問題の複雑性や、どの程度の規模に対応できるかという柔軟性、そして定式化のそれぞれをどう容易にするかが課題だとされる。

 もう1つ筆者が注目する取り組みに、東北大学が中心になって研究を進める津波等災害時避難経路の最適化がある。出発地点から目的地までの最適経路をマイクロ秒単位で計算でき、災害発生時の避難経路の探索への活用が期待されている。

日本発のアプリケーションが世界の社会課題の解決に

 2018年は、国内だけでなく海外でも自然災害によって失われた命の数が目に付いた。震災大国の日本だからこそ、東北大らの取り組みは、後世のためにも開発を進めるべき領域だろう。

 前述したD-Waveが採用する基礎理論は、東京工業大学大学院理工学研究科物性物理学専攻の西森 秀稔 教授が考え出したものである。日本発の理論が、社会課題の解決に向けて、国内外で活かすというイノベーションのスパイラルが生まれつつある。アカデミアと連携しならが、社会問題への応用を手がけるベンチャー企業も生まれている。

 CDO Club Japanとしては今後も、イノベーションスパイラルを加速化することで、CDOの活動を支援し、ひいては、日本のデジタルトランスフォーメーションに貢献していきたい。

鍋島 勢理(なべしま・せり)

CDO Club Japan理事、海外事業局長、広報官。2015年青山学院大学卒業後、英国ロンドン大学 University College London大学院にて地政学、エネルギー政策を学ぶ。東京電力ホールディングスに入社し、国際室にて都市計画、欧州の電力事情等の分析調査を担当。外資コンサルティングファーム勤務を経て、鍋島戦略研究所を設立。デジタル戦略をリードする国内外の人やデジタルテクノロジーを取材し、テレビや記事、講演などで紹介している。海外のビジネススクールと連携したデジタル人材教育プログラムを開発中である。オスカープロモーション所属。