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デジタル化で先行する企業がイノベーション推進に向けた戦略拠点「ラボ」を置く理由【第14回】

鍋島 勢理(CDO Club Japan 理事、海外事業局長、広報官)
2018年11月5日

日本企業の既存事業の見直しや新事業の創出が活発になってきている。デジタル化の波に飲み込まれないため、むしろ、その波を作り出す立場になるためだ。そうした取り組みにおいて共通した動きの1つに、オフィスとは別に「ラボ」を設ける企業が増えていることがある。

 CDO Club Japanは、先進的な取り組みを展開している国内外のCDO(Chief Digital Officer:最高デジタル責任者/Chief Data Officer:最高データ責任者)に継続してインタビューを実施している。そうした中で、日本のCDOから、イノベーションを生み出すために新たな“場”の設置に関する話題を聞く機会が増えている。いくつかの“場“を紹介しよう。

SOMPOホールディングスの「Digital Lab」

 イノベーションに向けた“場”の先駆けとも言えるのが、SOMPOホールディングスが2016年4月に開設したのが「SOMPO Digital Lab」であろう(写真1)。同社は、デジタル戦略を中期経営計画の主軸に、その推進役としてCDOの下にデジタル戦略部を設置。SOMPO Digital Labは、デジタル分野の研究開発拠点の位置付けだ。

写真1:SOMPOホールディングスCDOの楢崎 浩一 氏と筆者。SOMPO Digital Labにて

 Digital Labは、国内だけではなく米国のシリコンバレーとイスラエルのテルアビブにも設けられている。各拠点が連携することで、世界中の新しいテクノロジーの事例やスタートアップ企業への出資などに関する情報を収集している。日本のDigital Labは、東京・新宿にある本社ビルのワンフロアを占め、そこには開放的な空間が広がっている。

 Digital Labの研究開発成果は、事業部門と協議され、実ビジネスへと反映され始めている。既存事業領域では、コールセンターなどにAI(人工知能)を使って業務効率化を図っている。新しいビジネスモデルの創出では、デジタルネイティブ世代に向けたマーケティングを展開したり、スマートフォン用アプリケーションやウェアラブル端末を活用した顧客接点の変革などを仕掛けている。

三菱UFJフィナンシャルグループの「The Garage」

 三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)が2017年3月、東京・兜町に オープンしたのが「The Garage」だ。2016年から実施している起業家/ベンチャー企業との革新的ビジネスの立ち上げを目指すアクセラレータープログラム「MUFG Digitalアクセラレータ」プログラムの専用施設である。メガバンクが、スタートアップ企業との協業に取り組みを始めたことは、デジタル時代の特徴の1つだとも言える。

 The Garageは、コワーキングスペースのような位置づけになっている。Digitalアクセラレータに参加しているスタートアップ企業だけでなく、プログラム関係者が24時間自由に利用できる。ここでは、決済や資産運用、ブロックチェーンといった領域での事業化を目指し、スタートアップ企業が日夜、新サービスの事業化に向けた開発を進めている。

 CDO Clubでも、The Garage地下にあるイベントスペースでCDOとの情報交換会を何度か開催したが、秘密基地のような雰囲気の中、新しい取り組みが誕生する予感がする場所だった(写真2)。

写真2:「The Garage」でCDOを対象に開催した情報交換イベントの様子

JALの「INNOVATION Lab」

 日本航空(JAL)が2017年5月、東京・天王洲にある本社近くに開設したのが「JAL INNOVATION Lab」である。約143坪の広さを持ち、プロトタイピングとコアワーキングの役割を担っている。現場社員や利用客の気付きや知恵を吸収し、100社超のパートナーが持つテクノロジーやアセットを使いながら新しい付加価値やビジネスの創出を目指す。

 INNOVATION Labで注目すべきは、その運営体制にある。JALグループの全社員をラボのスタッフに位置付け、デジタルイノベーションラボ推進部からは各部門に「兼務者」を置くことで、推進部と全スタッフとの、より密な連携を可能にしている。

 JALは、約800億円を投資し、これまで50年間利用してきた自営システムをクラウドシステムにアウトソースしたり、デジタルテクノロジーを使った旅客基幹システムを開発するなど、デジタルトランスフォーメーション(DX)を推進するためのプラットフォームの整備などの取り組みが注目されている。

富士フイルムホールディングスの「“Brain(s)”(ブレインズ)」

 2018年10月、東京・丸の内に登場したのが、富士フイルムホールディングスが次世代AI技術の開発拠点として開設した「FUJIFILM Creative AI Center “Brain(s)(ブレインズ)」だ。地の利を活かし、AI分野のスタートアップ企業と連携し、社会課題解決に向けた、医療画像や社会インフラ点検画像などのデータを対象にしたAI技術の開発を加速化させていく。

 Brain(s)の特徴は、アカデミアと連携していることと、AI/ICT人材の育成拠点であることだ。国内トップレベルのアカデミアと連携し次世代AI技術を開発する。同社CDOの依田 章 氏は「大学や大学院の学生とアカデミアのトップ研究者などが集い、積極的にコミュニケーションをとることで学びの機会を創出する“フラッグシップ”のような場として機能させていきたい」と語る。

 富士フイルムは、1970年代からプロダクトのデジタル化移行に取り組んできた。そのノウハウと技術を生かし、既存事業の枠にとらわれず、医薬品や再生医療、化粧品やサプリメントなどの新規事業に乗り出している。CDOの下には、各部門でデジタル推進に取り組む「Digital Officer」が約50人、配置されている。

既存の仕組みやパートナーとだけではデジタル化が

 これらの“場”に各社が求める役割は、スタートアップ企業を支援するためのコアワーキングスペースや、情報収集、社内コミュニケーション、技術開発、人材育成など、表面上はさまざまだ。だが「新しいプレイヤーとの連携を通して新しい価値やサービスを生み出す」点では共通である。

 これは、デジタル化に先行する企業が、既存の仕組み、パートナー/取引先だけではデジタルトランスフォーメーションが難しいことを痛感した結果の表れなのかもしれない。

鍋島 勢理(なべしま・せり)

CDO Club Japan理事、海外事業局長、広報官。2015年青山学院大学卒業後、英国ロンドン大学 University College London大学院にて地政学、エネルギー政策を学ぶ。東京電力ホールディングスに入社し、国際室にて都市計画、欧州の電力事情等の分析調査を担当。外資コンサルティングファーム勤務を経て、鍋島戦略研究所を設立。デジタル戦略をリードする国内外の人やデジタルテクノロジーを取材し、テレビや記事、講演などで紹介している。海外のビジネススクールと連携したデジタル人材教育プログラムを開発中である。オスカープロモーション所属。