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- Digital Vortex、ディスラプトされるかディスラプトするか
デジタルの渦中に突如出現する脅威とチャンス【第3回】
ナップスターの仕組みは、とてつもないスピードで規模が拡大し、ナップスターは、音楽ファンと音楽コンテンツの両方を爆発的に獲得することになる(プラットフォームバリューの実現)。結果、音楽レーベルと音楽小売業者の利幅は突然なくなり、業界にとてつもないコスト圧力をかけた(図3)。ナップスターは、組み合せ型ディスラプションを巧みに実践したバリューバンパイアの恐ろしさを後世に伝える実例である。
ナップスター後のバリューベイカンシーを掌握したアップル
その後、ナップスターは、音楽業界が法的措置に訴えたため閉鎖を迫られることになる。その時、ディスラプションの機が熟していることを見事に見抜き、市場に現れたバリューベイカンシーを掌握したのが米アップルだ。
アップルは、メディアプレーヤーの「iTuens」と音楽配信サービス「iTuens Store」を市場に投入。カスタマーに「iPod」や「iPhone」「iPad」というポータブルなデジタルデバイスを提供することでデジタルエコシステムを形成し、デジタル音楽事業を成功に導く。物理的な音楽媒体のバリューチェーンを破壊し、アルバムはCDよりも安く、アルバムに含まれる楽曲も単体で購入できるようになった(コストバリューの提供)。
どの曲を聞いたかを記録する「プレイリスト」機能は、カスタマーに自分だけのアルバムを作ることを可能にした。そして、クレジットカードとアップルIDを紐付けることで、複数のチャネルから音楽を購入する面倒(摩擦)をなくした(エクスペリエンスバリューの提供)。
iTuens利用者の膨大なデータを解析し、似たタイプの楽曲がそろったプレイリストを自動的に生成する「Genius」を提供。アプリケーション配信サービスの「App Store」から、iPod/iPhone/iPad用のアプリケーションも販売することで付加価値を高めた(プラットフォームバリューの実現)。アップルを観察すると、バリューベイカンシーを上手く利用し、ディスラプトする側に立ったことが良く分かる。
デジタルボルテックスの世界では片時も油断はできない
ナップスターの例が示すように、ディスラプションを最初に起こしたとしても、必ずしも(ビジネス的に)勝者になるとは限らない。ディスラプション後の音楽業界を席巻したアップルにしても、音楽ストリーミングサービスを提供するSpotifyなど、新たなイノベーターの登場で“既存企業”の立場になり、その地位が脅かされている。刻々と変化するデジタルボルテックスの世界では、片時も油断はできないのだ。
では、既存企業は、どうすれば良いのか。バリューバンパイアがはっきりと姿を表す前に、そして危険な存在になる前に、その兆候を察知したいなら、カスタマーの不満に耳を傾け、新たな市場ニーズや、カスタマーへより効果的にバリューをもたらす技術動向やビジネスモデルを注意深く観察する必要がある。その上で、バリューベイカンシーを見つけたいなら、満たすべきカスタマーや市場のニーズとそれを満たす方法を見極めなければならない。
既存企業は、バリューバンパイアに対しては防戦を強いられてしまう。だが、組み合せ型ディスラプションに精通し、デジタルツールやデジタルビジネスモデルをフルに利用し、攻撃に打って出れば、バリューベイカンシーという千載一遇のチャンスを上手くつかめるはずである。
なお、デジタルボルテックスを解説した『対デジタル・ディスラプター戦略』(日経経済新聞出版社)が2017年10月24日に出版されている。こちらも、ぜひ、ご覧いただければ幸いである。
今井 俊宏(いまい・としひろ)
シスコシステムズ合同会社イノベーションセンター センター長。シスコにおいて、2012年10月に「IoTインキュベーションラボ」を立ち上げ、2014年11月には「IoEイノベーションセンター」を設立。現在は、シスコが世界各国で展開するイノベーションセンターの東京サイトのセンター長として、顧客とのイノベーション創出やエコパートナーとのソリューション開発に従事する。フォグコンピューティングを推進する「OpenFog Consortium」では、日本地区委員会のメンバーとしてTech Co-seatを担当。著書に『Internet of Everythingの衝撃』(インプレスR&D)などがある。