• Column
  • Digital Vortex、ディスラプトされるかディスラプトするか

デジタルの渦中に突如出現する脅威とチャンス【第3回】

今井 俊宏(シスコシステムズ イノベーションセンター センター長)
2018年1月15日

デジタルボルテックスの世界では、一瞬でも気を抜けば誰もが犠牲者になると同時に、一瞬のチャンスをつかむこともできる。今回は、デジタルボルテックスの世界に登場する2つの新しいコンセプト「バリューバンパイア(価値の吸血鬼)」と「バリューベイカンシー(価値の空白地帯)」を紹介する。前者は、市場全体の規模を縮小させる程の破壊的なインパクトを与え、後者は、市場に突然現れるチャンスのことである。

破壊的プレーヤーのバリューバンパイア(価値の吸血鬼)

 バリューバンパイアとは、自らの競争優位によって、既存企業を駆逐すると同時に、市場全体の規模を縮小させる破壊的なプレーヤーのこと(図1)。市場シェアを瞬く間に飲み干していく様がバンパイア(吸血鬼)に例えられ、既存企業にとっては非常に危険な存在になる。特に、多くのカスタマーが既存の製品やサービスに不満を抱いている企業や市場は、バリューバンパイアに狙われる可能性が高い。

図1:バリューバンパイアの定義

 バリューバンパイアの特徴は大きく3つある。第1に、コストバリューを武器に既存企業の利益を吸い尽くす。第2に、がんじがらめの既存企業と同じやり方をとらず、既存企業を時代遅れにさせてしまうほどの、より上質かつ新しいエクスペリエンスバリューをもたらすイノベーションを創出する習性がある。第3に、市場の急激な変化を促進する。

 これらの特徴によりバリューバンパイアは、製品や流通プロセス、間接費などのレイヤーをなくし、製品/サービスから無駄なコストを排除し、業界のエコシステムの規模を縮小させ、業界で存続していける企業の数を減らしてしまう。一方でカスタマーは、せっかく手に入れた新しいバリューを手放そうとはしないため、バリューバンパイアに一度、破壊された市場は元には戻らない。

千載一遇のチャンスであるバリューベイカンシー(価値の空白地帯)

 バリューベイカンシーとは、デジタルディスラプション(破壊)によって生じた市場において利益を享受できるチャンスのことだ(図2)。それは、ほんの短い期間だけ訪れる。

図2:バリューベイカンシーの定義

 混沌としたデジタルボルテックスの世界では、業界同士がぶつかり合い、次々と新しい競争形態が生み出されていく。その中でバリューベイカンシーは、抜け目のない企業の前に現れる。しかし、ライバル企業も迅速に参入してくるため、カスタマーの選択肢が増えた段階で、すぐに消えてなくなってしまう。

 では、どのような企業がバリューバンパイアで、どのようなチャンスがバリューベイカンシーなのか。バリューバンパイアを特定するためには、市場全体の規模が縮小したという証拠をつかむ必要があるため、以下では過去を少し振り返ってみる。

音楽業界のバリューバンパイアとなったナップスター

 デジタルボルテックスの渦の中心に位置するのはメディアとエンターテイメントの業界だ。特に音楽業界は、かれこれ10年以上もデジタルディスラプションの影響をもろに受け続け、市場規模や利益が縮小している。

 1990年代の音楽業界は絶好調だった。この時、音楽業界の誰もが、自分たちがデジタルボルテックスの渦に、どんどん吸い込まれていることには気付いてすらいなかった。その間もディスラプションは密かに進行していたのである。

 当時の音楽ファンは、好きな音楽を聞くために、レコードより取り扱いが楽でカセットテープより音質が良いCDを買い続けた。ただ音楽ファンは、必ずしもCDに満足していたわけではなかった。アルバムの中の好きな1曲だけがほしい場合でも、それなりの対価を支払って1枚のCDを買わなければならなかった。低価格なシングルCDは豊富に用意されてはいなかった。しかも、小売店に足を運んでも、ほしいCDが在庫切れというケースもあった。

 そこへ1999年に登場したのがナップスターである。P2P(Peer to Peer)型のファイル共有システムを音楽業界に投入した。音楽ファンは、自分でCDの音楽をリッピング(取り込む)しMP3形式に変換することで、誰でも自由に自分が持つ音楽コレクションをインターネット上で他者と共有できるようになった(エクスペリエンスバリューの提供)。自分がほしい音楽やアルバムを無料でダウンロードできるようになった(コストバリューの提供)。