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デジタルビジネスアジリティ(中編):情報にもとづく意思決定力【第7回】

今井 俊宏(シスコシステムズ イノベーションセンター センター長)
2018年5月14日

拡張的意思決定への取り込み

 拡張的意思決定では、意思決定プロセスにデータとアナリティクス機能を組み込むことで、意思決定力の拡張を指す。大きな意思決定の一方で、従業員が日々下している意思決定も企業の成功には不可欠である。

 そのため、データや解析結果を、だれに提示するか、そして、どの様にして提示するかが重要になる。役割と業務フローに合わせて個別に最適化された「ユビキタス解析」が有効だ。

 ユビキタス解析により、あらゆる従業員が意思決定者として、それぞれの役割に応じて適切な情報と解析機能にアクセスできれば、従業員と企業のパフォーマンスが改善され、デジタルビジネスモデルの変革に向けた土台が築ける。ユビキタス解析は、さまざまな業界、さまざまな業務プロセス、さまざまな現場で応用できる。

 デジタルボルテックスの渦の中では、これまで以上に頻繁に意思決定がなされ、その1つひとつの決定に大きな利害が絡んでいる。良い意思決定ができるかどうかは、良いデータ解析ができるか、社内外の専門家が必要なインサイトにアクセスできるかで決まる。場所、役割、役職を問わず、社内外の専門家を適切な段階で意思決定プロセスに関与させることが重要だ。正しい意思決定を下せる者が、データ主導型の判断基準に基づいて明晰かつ実行可能な決断をしなければならない。

 たとえば、オフィスや工場等、現場を問わず、あらゆる場所にいる従業員が関わる業務プロセスに、情報にもとづく意思決定を組み込めれば、大きな価値を実現できる。

独DHLは従業員への情報提供で生産性を25%向上

 ロジスティック業界のマーケットリーダーである独DHLは、サプライチェーン管理や輸送、宅配など、さまざまなサービスを世界で提供している。全世界に3カ所あるDHLのグローバルハブでは、それぞれ毎年約4600万個もの国際貨物を扱っている。従業員のほとんどが、倉庫や輸送車両等の物流関係施設に従事し、現場では日常的に驚くほど沢山の決定を下す必要がある。

 従業員が、情報にもとづく意思決定の恩恵を直接受けられるよう、DHLはデジタル化された「ビジョンピッキング技術」を試している。ピッキングとは、倉庫にある在庫の中から作業員が製品/商品を取り出す作業のこと。ビジョンピッキング技術は、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)に対し、ピッキングに関する最適化された情報をAR(拡張現実)形式で表示する仕組みである。

 ピッキング作業員が装着したHMDには、ピッキングすべき製品/商品の数、保管場所、配置場所、作業指示などが表示される。これらの情報を元に、何千という最適な意思決定を作業員が個別に下せるようになった。結果、作業員は業務における、より重要な意思決定や、その他のさまざまな局面に集中できるようになり、ピッキングの生産性が約25%向上した(図2)。

図2:独DHLが試行する「ビジョンピッッキング」

 DHLの例に見られるように、従業員により良い意思決定をさせるためのデジタルツールを提供し、日常的な意思決定プロセスを改善することが重要である。結果として従業員は、よりやりがいを感じられる事に時間を費やせる。またカスタマーがより良い意思決定を下せるように支援することも、企業の大きな差別化要素になる。多くの企業がIoT(Internet of Things:モノのインターネット)と解析技術を使って、情報にもとづく意思決定の要素を自社の製品/サービスに組み込み始めているのは、そのためだ。

 意思決定が開放的かつ拡張的であれば、企業は迅速に適切な決定をコンスタントに下す準備が整っていると言える。しかし、意思決定の後に、素早い実行が伴わなければ、デジタルビジネスアジリティの真価を発揮することはできない。次回は「迅速な実行力」に関して述べる。

 なお、デジタルボルテックスを解説した『対デジタル・ディスラプター戦略』(日経経済新聞出版社)が2017年10月24日に出版されている。こちらも、ぜひ、ご覧いただければ幸いである。

今井 俊宏(いまい・としひろ)

シスコシステムズ合同会社イノベーションセンター センター長。シスコにおいて、2012年10月に「IoTインキュベーションラボ」を立ち上げ、2014年11月には「IoEイノベーションセンター」を設立。現在は、シスコが世界各国で展開するイノベーションセンターの東京サイトのセンター長として、顧客とのイノベーション創出やエコパートナーとのソリューション開発に従事する。フォグコンピューティングを推進する「OpenFog Consortium」では、日本地区委員会のメンバーとしてTech Co-seatを担当。著書に『Internet of Everythingの衝撃』(インプレスR&D)などがある。