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- 会津若松市はデジタル化をなぜ受け入れたのか
会津でエプソンがオープンイノベーションを推進する理由【第32回】
セイコーエプソン 執行役員 𠮷田 潤吉 氏に聞く
すべての中心になった「家」のスマート化を会津発で実現したい
中村 まさに技術の会社としてのエプソンの先進性がわかる事例ですね。プリンターなどのモノづくりを中核事業に持つエプソンがデジタル時代に、どのようにトランスフォームされるのか、実は以前から強い関心を持っていました。
𠮷田 おっしゃる通り私たちはデバイス、つまりハードウェアの開発・製造で成長してきました。今はそこに、デジタルやデータに関する技術を取り込んで「デバイス起点で人と人を結びつける活動」を加速させています。
私が所属するDX推進本部は、まさにそのドライバーになる組織であり、オープンイノベーションは、そのための重要テーマの1つに位置付けています。
2019年夏に前社長の碓井 稔(現取締役会長)が会津を訪問させていただきました。社内で検討後、2020年2月に私自身も会津を訪れ、中村さんをはじめAiCTの方々や会津大学理事の岩瀬先生からもお話を伺い、「AiCTをオープンイノベーションの拠点にしたい」という気持ちが固まりました。コロナ禍が本格化する直前のことです。
中村 やはり、高い真剣度と強い危機感をお持ちだったのですね。
入居を決められた直後に、日本中が「Stay Home」で在宅勤務をスタートしました。生活のあらゆる場面でオンライン化・デジタル化が急加速しています。
𠮷田 はい、「家」がすべての中心になりました。この4月から代表取締役社長に就任した小川 恭範は「持続可能な社会の実現への貢献」と「心豊かな生活のお手伝い」を掲げています。
「心豊かな生活」の起点になるのは、皆さんの自宅、つまり「ホーム」です。当社は個人/家庭向けから商業/産業向けまで幅広い製品を提供していますが、プリンター複合機やプロジェクターは、非常に多くのホームユーザーを持っています。
COVID-19のパンデミックにより急激な変化が起き、家族の憩いの場所が、同時に「働く・学ぶ場所」になり、「ホーム」が再定義されようとしています。そこではホームのスマート化は“必要不可欠(must have)”だといえます。当社のデジタルトランスフォーメーション(DX)は、「ホーム」のスマート化に必ず貢献できると考えています(図1)。
スマートホームに取り組んでいる米シリコンバレーのスタートアップ企業HOMMAとの協業を構想しているほか、会津地域の市民の皆様やAiCT入居企業の方々、住設機器や家電・情報機器のメーカーの皆様と共に「利便性が高く生活」「心地よい、安心・安全な暮らし」の実証実験に取り組む予定です。会津発の成功モデルをぜひ形にし、世界へ紹介したいと考えています。
中村 𠮷田さんご自身はコロナ禍をどのように対処されましたか?
𠮷田 信州でStay Homeしています(笑)。
私自身は東京出身ですが、就職後に諏訪や塩尻の自然を体験しました。アメリカとシンガポールの駐在からは、先進国と新興国、両方の暮らしやビジネスを体験できました。結果として、今私が住んでいる地域を含め、モビリティや医療、教育、生活に関する社会課題や環境問題は「世界中、共通だな」と考えるようになったのです。世界目線で考えると、今の東京への一極集中度合は、ちょっと特殊で、行き過ぎている感じがします。
エプソンは経営理念の1行目に「お客様を大切に、地球を友に」を掲げ、人や環境への強い思いをストレートに宣言しています。そういう会社の姿勢に私自身、とても共感しています。
中村 デジタルは、空間(距離)や時間の壁を超越して社会をフラット化し、自律分散な社会を実現する強力なツールです。「都市・郊外・地方」といった区切り方は、もはや相応しくありませんし、「都市と地方の対立」の図式化も思考から排除しなければなりません。
「集積の利益」に基づくコンパクトシティ構想は一見すると効率的ですが、結果的に“密”を生み出すばかりか、人口空白地帯を日本中に発生させるため、セキュリティや国防の観点からも望ましくないといえます。考え方や組織はサイロ化させず“自分ゴト”として判断でき、「人を起点に考えるパートナー」との協業がますます重要になると思います。
𠮷田 同感です。私たちの考え方も「人」が起点です。抵抗勢力や既得権益に囚われることなく、DXを推進しなければなりません。エプソンでは「DXは絶対不可避である」と碓井から小川へと引き継がれており、「いかに早く実行するか」や「どうやって実現するか」にフォーカスしています。