• Column
  • 会津若松市はデジタル化をなぜ受け入れたのか

会津でエプソンがオープンイノベーションを推進する理由【第32回】

セイコーエプソン 執行役員 𠮷田 潤吉 氏に聞く

中村 彰二朗(アクセンチュア・イノベーションセンター福島 センター共同統括)
2020年10月26日

エプソン製品とデータのオンライン連携で教育改革を進める

中村  デジタル技術やデータが、世界中で稼働しているエプソン製品と連携することで、新たなサービスやソリューションが生まれると期待しています。具体的な取り組みはありますか?

𠮷田  はい、まさしく「人から考えるデザイン」として、学校教育のデジタル化を支援しています。たとえば、ある地域では、家庭にプリンター/スキャナーのオールインワン機種を設置いただき教育機関とオンラインで接続することで、お子さんが自習で使うプリントを遠隔で配信する実証実験に取り組んでいます。

 答案はスキャンして先生の元へ家庭から遠隔送信します。採点だけでなく、お子さんの学習進捗度に応じて最適な教材を使い分ける仕組みを構築し、自己調整学習を実現する内容です。

 「学び」という視点で考えるとき、公立か私立かを問わず、学ぶお子さん本位で学校や塾をつなぐ必要性を実感しています。

中村  会津若松のスマートシティ・プロジェクトでも、教育は大きなテーマです。一般的に保育園は厚生労働省、幼稚園は文部科学省の管轄ですし、小中学校は基礎自治体の教育委員会、高校は県の教育員会が管轄しています。こうした分断は「学び」の当事者である子どもたちにとっては無関係です。子どもたち1人ひとりが地域全体の宝ものですから、もっと子どもに寄り添う仕組みにしなければいけません。

 会津では学校と家庭をつなぐプラットフォームとして「あいづっこ+」が保護者や教育関係の皆様から高く評価されています。今後は都市OS上のサービスを拡充させAPI(アプリケーションプログラミングインタフェース)連携を促進します。

 文科省はGIGA(Global and Innovation Gateway for All)スクール構想を推進し始めました。子ども1人にデジタル端末1台と高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備し、すべての子供たちの資質・能力を最大限に引き出す個別最適化された教育を目指す取り組みです。この構想を加速しリードするうえでも、会津では行政単位でサイロ化しない形にしていきたいと考えています。

 会津にはかつて、会津藩士を育成した會津藩校「日新館」がありました。徹底したエリート教育の場で、白虎隊の学び舎としても知られ、吉田松陰も見学しています。この日新館に象徴されるように、会津は教育熱心な土地柄です。

街のデジタル化には市民が“自分ゴト”として参加する必要がある

 教育は子育てに直結するテーマだけにファミリー層への定着が不可欠ですが、教育の課題をデジタルで解決できれば常住人口を増やせます。教育と医療が2大テーマなのは、そのような理由があります。

 とはいえ、どこか1社だけで完遂できるテーマではありません。「Open、Flat、Connected、Collaboration & Share」のステップでパートナリングを進めることが大切です。

𠮷田  AiCT入居企業の「センター長会議」に出席した当社社員からも、そうした共通のビジョンを持てることで、「同じ方向を向いてスマートシティに取り組んでいる」という実感があると聞いています。アクセンチュアやAiCT入居企業が、市民との深い信頼関係を築くまでには長い道のりがあったと思いますが、まさにその成果が出ていると思います。

中村  信頼の基盤にあるのはオプトインモデルです。ややもすればオプトインを「行政の理由づけ」のように考え、「市民の承諾を得ているから大丈夫」というような捉え方をしている人が、いまだに少なくありません。会津若松のモデルは「市民がどのように、どのような街づくりに参加するのか」という観点からのオプトインなのです。

 企業におけるデジタル変革と同じく、市民1人ひとりが、自分が暮らす街のデジタル化の未来のために“自分ゴト”として参加することが大切です。そのために自分自身や自宅が発するデータを地域開発のために提供する。オプトインは単なるエビデンスではありません。これを履き違えてはなりません。

𠮷田  まさしく中村さんが、この連載で繰り返し語ってこられた「市民主導型スマートシティ・プロジェクト」の中核ですね。

 実はAiCTのエプソンのオフィスも、会津大学短期大学部 産業情報学科 デザイン情報コースの学生さんに設計をお願いしています。教授の柴崎 恭秀 先生にもご快諾いただき、実践を兼ねた授業として「エプソンのコンセプトが伝わるオフィスデザイン」を提案していただく予定です。

中村  それは素晴らしい。学生さんにとっても絶好のチャンスでしょう。

𠮷田  はい、さっそく「イノベーションを体現するオフィス」のための提言をいただいており、ディスカッションを重ねています(笑)。

中村  完成が楽しみですね。本日はお時間をいただき、ありがとうございました。

中村 彰二朗(なかむら・しょうじろう)

アクセンチュア アクセンチュア・イノベーションセンター福島 センター共同代表。1986年よりUNIX上でのアプリケーション開発に従事し、オープン系ERPや、ECソリューション、開発生産性向上のためのフレームワーク策定および各事業の経営に関わる。その後、政府自治体システムのオープン化と、高度IT人材育成や地方自治体アプリケーションシェアモデルを提唱し全国へ啓発。2011年1月アクセンチュア入社。「3.11」以降、福島県の復興と産業振興による雇用創出に向けて設立した福島イノベーションセンター(現アクセンチュア・イノベーションセンター福島)のセンター長に就任した。

現在は、震災復興および地方創生を実現するため、首都圏一極集中からの機能分散配置を提唱し、会津若松市をデジタルトランスフォーメンション実証の場に位置づけ先端企業集積を実現。会津で実証したモデルを「地域主導型スマートシティプラットフォーム(都市OS)」として他地域へ展開し、各地の地方創生プロジェクトに取り組んでいる。