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なぜ「Amazon Go」なのか、目指すはカスタマージャーニーの完成【第2回】

北村 崇(ADKマーケティング・ソリューションズ シニア・アナリスト)
2019年6月27日

実店舗でも管理すべきは「商品」ではなく「顧客」

 基本的には店舗を持たないEC小売企業にとって、管理する対象は「顧客」しかない。決済情報がクレジットカードなどの顧客情報と紐付いているため、顧客単位で売上データを管理することになるからだ。そこから必然的に、顧客1人ひとりに最適な価値を提供しようとする「One to Oneマーケティング」の視点や、1人の顧客との取引量を増やそうとする「リレーションシップ・マーケティング」の視点を持つことになる。

 オンライン店舗に対して実店舗では、販売データと顧客データが必ずしも紐付いているわけではない。店舗単位や商品単位での売上管理に終始することが少なくない。重要なことは、実店舗であっても、EC事業者が必然的に有する顧客単位のマーケティング視点を持ち、そのために必要な情報を積極的に収集し、顧客単位でデータを一元管理することである。

顧客単位の一元管理は、販売データ(POSデータ)と顧客データ(IDデータ)をつないだ「ID-POSデータ」にすることから始まる(図2)。POSデータはレシート単位(購買1回単位)で会計情報を蓄積したデータだ。何が、いつ、どれだけ売れたかが把握できる。POSデータだけでも膨大な情報量なので、店舗単位、商品単位で分析するだけでも相当な労力が必要だ。

図2:顧客単位の一元管理は「ID-POSデータ」から始まる

 POSデータに紐付けるIDデータを取得する手段の代表が、購買回数や金額に応じて特典やポイントを付与する会員プログラムである。同プログラムの会員顧客情報(IDデータ)をPOSデータに結び付ける。これによって初めて、レシート単位、あるいはその延長にある店舗単位・商品単位の分析が顧客単位の分析に進化する。

商品DNAでモノの先にあるニーズ(価値)を把握

 ID-POSデータの代表的な活用法の1つに「商品DNA」分析がある。英国発の小売企業TESCO(テスコ)が先駆的に取り組んだことで知られる手法で、すでにID-POSデータ分析に取り組んでおられる方々にとっては古典的手法だといえる。

 商品DNAの元にあるのは「顧客の価値観やライフスタイルは購買行動に影響を及ぼす」という考え方だ。たとえば、健康意識が高い顧客は低カロリー食品や特定保健用食品(トクホ)に手を伸ばすことが多いだろう。顧客が「何を購入したか」という事実を記録した購買履歴データをニーズレベルで再解釈すると、低カロリー食品やトクホを買った顧客は、それら商品が持つ「健康価値」を買ったと考えられる。冷凍食品やインスタント食品であれば「利便性・時短価値」を買っていることになる。

 こうした商品が持つ価値が商品DNAだ。「商品A = 健康価値 + 利便価値」などと各商品にDNA情報として付与すれば、ID-POSデータは単なる購買履歴データから「その顧客は、どんな価値を求める顧客なのか」という顧客の価値観やライフスタイル情報を指し示すデータに生まれ変わる。

 TESCOは、商品DNA情報を付与したID-POSデータから、顧客が商品購入の先に見据えているニーズ(価値)を分析・把握することで、自社の顧客を“健康志向派”や“美食志向派”など複数のクラスターに分類。各店舗の顧客のクラスター構成を把握し、その志向性に沿って品ぞろえ/棚割りを店舗ごとに変更し、売上最大化を図っている。

 商品DNA分析のボトルネックの1つに、膨大な種類の商品にDNA情報を手動で付与するには多大な時間とコストが発生してしまうことがある。近年では、そこにAI(人工知能)を活用することで、負荷を軽減しながら効率的に顧客クラスターを生成することが可能になってきている。

 それを実践するのが「UNIQLO(ユニクロ)」を世界展開するファーストリテイリングだ。同社“製造小売業”から、情報を商品化し顧客に届ける“情報製造小売業”への変貌を遂げるべく改革を推し進めている。その具体策の1つがスマートフォン用アプリケーションソフトウェアの「UNIQLOアプリ」だ。

 UNIQLOアプリを軸に同社は、顧客の属性情報およびオンライン/オフラインでの購買履歴情報、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)などでの顧客の声を収集。さらにデジタルライブラリー化した過去の商品情報や、世の中のトレンド情報といった多様な情報をプラットフォームに集約し、それをAIを駆使して解析している。

 集約管理した情報から「何が、どこで、どれくらい求められているのか」をリアルタイムに把握し、顧客が欲しい(売れる)商品だけを無駄なく迅速に作る仕組みへの転換を目指している。

より具体的な顧客像把握を可能にするスマホ

 デジタル技術が発展した今は、より詳細な顧客情報が収集できるようになっている。特にスマホとスマホアプリの発展・普及は、商品購買時のみならず、その前後の顧客行動データの収集を可能にし、顧客を多面的に理解するチャンスを拡大した。ID-POSデータは商品購入時の“点”の情報だが、スマホを介して得た購入前後の情報があれば、より具体的な顧客像が浮かび上がってくる。

 たとえば、顧客の同意を得て取得したスマホの位置情報データを分析すれば、顧客が来店するまでにたどった物理的な移動の軌跡を把握できる。配信した割引クーポンに対し、どれくらい離れた距離から来店したのか/しなかったのか、仕事帰りか自宅からかといったリアルなオフライン行動が把握できる。来店率をより高める魅力的なオファーの提案が可能になる。

 スマホの位置情報からは、現在位置だけでなく、過去の位置も把握できる。競合店舗の位置さえ分かれば、自社店舗来店回数と競合店舗来店回数を比較し顧客のロイヤリティを定量的に把握できる。

 自社店舗に月1回来店する顧客Aが、競合店舗には週1回通っているかもしれない。逆に自社店舗に月1回来店する顧客Bは、競合店舗には一切通っていないかもしれない。顧客Aに提案すべきは競合からのスイッチであり、顧客Bにはカテゴリー自体の利用促進を提案すべきだ。

 このように、顧客をキーにあらゆるデータを一元管理することで新しい事実が見えてくる。顧客の属性情報、広告接触情報、Web上の行動履歴、スマホアプリのログや位置情報、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)から得られる情報、Amazon Goのように店内センサーを介して収集された顧客の店内行動情報などなど。これらをID-POSデータにつなぎ込み一元管理することで、顧客の理解および顧客アプローチの可能性はさらに進化する。

 Amazonが、その価値を認めるように、実店舗にはカスタマージャーニーのパズルを完成させるための重要なピースが多数埋もれている。実店舗だからこそ得られる顧客情報がある。オンラインとオフラインの両チャネルに優劣はない。両者を横断し、顧客のカスタマージャーニーをシームレスに把握することが重要だ。そして顧客体験を1人ひとりに最適化できれば“顧客との新たなつながり”を創造できるだろう。

北村 崇(きたむら・たかし)

ADKマーケティング・ソリューションズ シニア・アナリスト。2006年ADK入社。マーケティングからプロモーションまで多角的にクライアント支援に関与し、2019年より現職。近年は企業内に蓄積したデータと外部データの解析に基づくファクトベースのマーケティング支援に従事している。