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なぜ「Amazon Go」なのか、目指すはカスタマージャーニーの完成【第2回】

北村 崇(ADKマーケティング・ソリューションズ シニア・アナリスト)
2019年6月27日

EC(電子商取引)市場拡大の波は大きくなる一方だ。そうした中、EC界の巨人である米Amazon.comが、無人コンビニの「Amazon Go」や実店舗型書店「Amazon Books」を展開し始めるとともに、大手高級スーパー「whole Foods Market」を買収したり家電量販店「BestBuy」と提携したりとオフライン店舗へ進出に力を入れている。そこあるのは“カスタマージャーニー”の探求だ。

 変化に対応できる者だけが生き残る--。ダーウィンによる“適者生存”の考えは、ビジネス界においても重要なコンセプトだ。市場の環境変化に対応できない企業は、どれほど強大であっても淘汰されてしまう。近年、このコンセプトの重要性を痛感している業界の1つが小売業界ではないだろうか。

 経済産業省の調査によると、日本国内のB2C(企業対個人)のEC(電子商取引)市場の規模は16兆5000億円(2017年時点、以下同様)に上る。うち約半分の8兆5000億円が物販系ECによってもたらされている。物販系ECの約35%がスマートフォン経由の取引であり、その割合は年々成長している。

 この巨大な国内EC市場の成長を支えているのが米Amazon.comや楽天に代表されるEC界のリーダーたちだ。歴史の浅いEC勢力が、その何倍もの歴史を誇る伝統的な実店舗型小売業の脅威になっていることは紛れもない事実であろう。

EC化率が低い食品/飲料カテゴリーには大きな“ノビシロ”がある

 ECの脅威をどの程度の深刻さでとらえているかは、カテゴリーによって異なるかもしれない。事実、日本国内の物販系市場のEC化率はカテゴリーによって大きく異なる。事務用品、生活家電、PCといったカテゴリーのEC化率は30〜40%になるが、食品や飲料などのカテゴリーのEC化率は3%に満たない。

 EC勢力の脅威が影を落とすのは、一部カテゴリーのみであって、他のカテゴリーは安泰なのだろうか。思い出してほしい。EC化の波が押し寄せてきたとき、アパレル業界の少なからずの関係者が「自分たちの業界は実店舗でなければ機能しない」と考えていた。「商品を実際に手に取れず、試着できなないECでアパレル製品を買うことに消費者は躊躇するだろう」からだ。

 しかし今や、日本国内における衣類・服装雑貨類のEC市場規模は約1兆6000億円。物販系EC市場ではトップクラスの金額シェアを誇っている。

 食品/飲料カテゴリーの小売りも安心できない。本カテゴリーのEC化率は3%に満たないが、それだけでも金額規模は約1兆5000億円もある。当然、この大きな“ノビシロ”をEC勢力は見過ごさない(図1)。

図1:B2C(企業対個人)の物販系のEC市場規模とEC化率

 たとえばAmazonは、関東の一部地域を対象に食品類のECサービス「Amazon Fresh」を開始。食品スーパー大手ライフコーポレーションと生鮮食品のオンライン販売で協業すると2019年6月に発表した。楽天も西友と合同で「楽天西友ネットスーパー」をオープンし、全国17都道府県を対象に食品類のECサービスを展開している。

実店舗はカスタマージャーニーを完成させるピースの1つ

 一方でAmazonが米シアトルなどで展開する無人コンビニの「Amazon Go」や実店舗型の書店「Amazon Books」が多くの注目を集めている。大手高級スーパー「whole Foods Market」の買収や家電量販店「BestBuy」との提携などを含め、オフライン店舗(実店舗)への進出が著しい。

 Amazonのオフライン店舗進出の狙いを「モノを売る場所を増やす = 販路拡大」ととらえるのは近視眼的だ。その狙いの1つは実店舗でしか得られない「顧客行動データ」の獲得である。消費者行動の一連の流れ、すなわちニーズ発生から検討、決定、購買、消費までをオン/オフを超えて包括的に理解するのが目的だ。

 つまり、顧客が何を考え/感じながら、どんなタッチポイントを経由しながら購買に至るのかを、時間軸に沿って体系化した“マップ”すなわちカスタマージャーニーを完成させたいのであり、そのために必要なパズルのピースを求めて実店舗進出を加速させている。

パズル完成の先に見据えるのは、データに基づくマーケティング全体の最適化である。顧客ニーズに適した商品/サービスを開発し、それを最適な価格/タイミングで提案し、最適な方法で届けることを、消費者の1人ひとりに最適化する“Amazon体験”は、消費者とAmazonの間に強力なつながりを生み出し、収益基盤である「プライム会員」の増加という成果につながっていく。