- Column
- “稼ぐ力”に向けた中小企業の共創とデジタル技術の使い方
ヒバラコーポレーション、職人技依存の金属塗装業界にデジタルで新風を【高付加価値化編】
実績ベースの知見を他社支援サービスに転用
前処理のための薬液管理・調合をリモートで支援
もう1つの「前処理センシング」は、塗装工程の前処理槽にセンサーを設置し、センサーが取得した数値に基づいて前処理を遠隔でモニタリング管理する仕組みだ。ベテランがいなくても前処理の品質が安定することが見込める。ロボット塗装と同様に、前処理センシングにも物理的な距離の制約はない。
【効率化編】で触れたように、金属塗装においては、脱脂や除錆、皮膜化成など、塗装を意図通りに仕上げるための「前処理」がある。そのための薬液の管理や調合は、とてもセンシティブであり、「滴定」と呼ばれる手間暇かかる作業により品質をコントロールしている。
この滴定業務をヒバラコーポレーションは、センサーを使った仕組みで大幅な効率化を図ってきた。小田倉社長は、「時々の条件下で最適な前処理を施すために大量のデータを蓄えてきた。それは当社の大きな財産だ。自社での活用にとどまらず、ノウハウを持たない塗装業者に提供できれば新たな価値に結実する」と考えている。
前処理センシングでは、前処理における異常検知もできる。たとえば、所定の時刻になっても「薬液の温度が上昇しない」場合、それは薬液の化学反応が不十分なことを意味する。そこからは「現場が適切な手順を飛ばして作業を始めてしまったことが推定できる」(小田倉社長)。温度上昇の異常を感知しアラートを出せば、不良品につながる作業を早期に改善できることになる。
人材不足に悩む業界をデジタルで支援する
HIPAX2によるロボット塗装や前処理センシングなどは、ヒバラコーポレーションのコアビジネスを「ものづくり」から「サービス」へとシフトさせる試みだ。製造業からIT企業への転身とも言える。実際、コンサルティング案件も増えてきている。「金属塗装を手掛けてはきたものの、諸般の事情でノウハウが失われ先々に不安を抱える事業者が主な対象」(小田倉社長)だ。
現在、塗装職人1人当たりの儲けは、1990年代と比べれば下落傾向にある。 塗装加工の収益性を高めようとすれば、一定レベル以上のスキルを持つ塗装職人を育成し抱える必要がある。
だが現実は、職人育成が難しくなっている。残業の見直しや週休二日制などの影響で現場に詰める時間が減り、一定の塗装技術を身に付けるまでに日数がかかるためだ。加えて、ベテランが高齢化して続々とリタイアしていることもOJT(オンザジョブトレーニング)による技術継承を難しくしている。
こうした状況を鑑み、人材を一から育てられないとなれば、その空白を埋める取り組みが欠かせない。小田倉社長は「人材がいない、商圏が小さいと不満を並べても状況は変わらない。デジタルテクノロジーをうまく活用することで打開策が見えてくる」と考えている。
最近では、ディープラーニング(深層学習)などAI(人工知能)技術の領域にも触手を伸ばしている。受注時点で、どのラインで塗装するのが最適かを自動で判別できる仕組みを開発するのが目的だ。工場には、塗装手法や対象物の大きさなどの違いから複数のラインが設置されている。どのラインで作業するのが最適なのかを、対象物の画像と過去実績データを学習し判定できるようにする。
5年先を見据え経常利益率は2倍以上を目標に
付加価値ビジネスを加速したいヒバラコーポレーションにあっては、育成する人材像も、これまでの塗装の専門家に加え、IT人材の必要性が高まっている。そのため東京都内に開発室を置いている。茨城県東海村の本社工場とはテレビ会議でつながり、塗装加工に関するデータもフル活用できる環境を整備した。「力のある若手が新しいことにチャレンジし短期間にステップアップしていくベンチャー企業のような体制も必要」(小田倉社長)との考えからだ。
HIPAX2によるコンサルティング事業は緒に就いたばかり。ネットワークを活用すると言っても、「そもそもデジタルへの関心が希薄だったり、セキュリティへの懸念ばかりが全面に出てしまい、ネットワーク化が進展しないケースも少なくない」(小田倉社長)のが実状だ。
それでも小田倉社長は、「データに基づく最適化の意義を訴求しながら、少しずつ前進する地道な活動を続ける。今後5年ほどを見据えてビジネスを拡大していきたい」とする。
ただしコンサルティング事業のみに頼るわけではない。「1つの領域の売り上げを増やすために別領域の売り上げを減らすなどして急激に体制を構築すると赤字転落の恐れもある。各領域のバランスを保ちつつ、新たに稼げる領域を作るという考え方で慎重に取り組んでいる」と小田倉社長は話す。塗装事業自体、新規顧客からの受注もあり、新しい設備導入計画を組んだ。本社工場の近く1500坪程度の土地を借り、そこに新工場も作る計画である。
こうしたバランス経営により「利益率を重視し、HIPAXビジネスにより経常利益率を現在の2倍以上にまで高めるのが目標」(小田倉社長)とする。そのために「新しいビジネス価値を創出するための源泉は人。新たな人材の獲得や組織・体制を活性化させるための投資はいとわない」考えだ。