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店頭やモバイルで生活シーンに浸透する画像認識技術【第2回】

ミン・スン(AppierチーフAIサイエンティスト)
2020年2月5日

トレンド2:防犯機能の向上

 商業施設では車上荒らしやひったくりなど、さまざまな犯罪が発生している。そのなかで最も被害回数が多い犯罪は、なんといっても万引きだ。小売店では従来、防犯カメラの設置や万引きGメンの依頼などを通して万引き犯への対応にあたってきた。

 しかし、防犯カメラには、映像を残しておけても、万引きに即時には対応するのが難しいという欠点がある。この欠点を補うには、モニターを常時監視する人員と、そのモニター監視者の指令に応じて実際に犯罪現場に赴く管理者を置く必要がある。ただ費用がかさむため、実現は、よほどの大規模店舗でない限り難しい。

 万引きGメンへの依頼も、費用がかさむことや、目視により万引き犯を見つける必要性から、店舗内で網羅的に犯罪を抑止することが難しい点が欠点として挙げられる。

 これらに対し画像認識技術の導入であれば、コストや網羅性といった課題を解決し、あらゆる店舗における万引き防止を実現できる可能性がある。具体的には、画像認識により店舗内の顧客行動を分析し、不審な行動を取った瞬間にアラートを上げることで、監視や声かけといった人によるアクションなしに犯罪を未然に防ぐ。

 従来、万引き犯に対しては人が声がけすることで対処してきた。だが、万引き犯が逆上する危険性や、店内の雰囲気を乱してしまうリスクがあった。画像認識技術を活用した対処法では、人と人のコンタクトが不要になり、仕組みをうまく構築できれば店内の雰囲気を壊すこともない。

 この防犯システムを導入するには、店内の防犯カメラとスピーカーを連携させる必要がある。カメラを通して検知した犯罪の予兆に合わせて、あらかじめ用意しておいた音声を流すという手法により、犯罪を未然に防ぐためだ。

 現時点では実証実験段階のプロジェクトが多い印象だが、すでにサービスとして提供を始めている企業もある。導入を進める小売店は着実に増加している。

トレンド3:店舗内のマーケティング活動

 ビッグデータ分析による商品レイアウトの変更は数年前から取り組まれてきた。「オムツの横にビールを配置すればビールの売り上げが増加する」など、なんら結びつきのないような商品同士が生み出すシナジーを見つけ出せたというエピソードは有名だ。

 上記のような成功例が増加していくにつれ、ECサイト上では取得可能なデータを実店舗でも取得し、分析を進めたいというニーズが急増している。このニーズに応えるため、画像認識やIoT(Internet of Things:モノのインターネット)といったデジタル技術を用いて、来店顧客の店舗内における動線を可視化する取り組みが始まっている。

 顧客の顔情報を記録し、リピーターの訪問率の解析なども進められている。ただし、顔情報は個人情報だと考える傾向が強まっており、顔認識の仕組みの使用を中止する動きもある。顔情報のデータを暗号化するなどのプライバシー対策を施すなど慎重に導入を進めていく必要がある。

モバイルデバイスは画像認識のビジネス活用の最先端

 現時点で画像認識技術をビジネスに最もうまく活用できているのはモバイルデバイスである。近年のスマートフォンには「生体認証システム」が搭載され、顔や瞳の虹彩などを認識してロックを解除することが当たり前になっている。TikTokやInstagram、SnapChatなど多くのアプリが、顔を自動認識し輪郭や目・鼻の大きさなどを自由に変更できる技術を確立し、人気を博している。

 金融系アプリでは、ユーザーが免許証や契約書を撮影した画像をアップロードすれば、その画像内から必要情報を自動で抽出することでユーザーの入力の手間を省く方式が導入され始めている。ECサイトでも、撮影したクレジットカードの写真からカード番号を自動で抽出するシステムが広がりつつある。

 上記のような活用法が売上高の向上に直接的な影響を与えることは少ない。だが、顧客中心主義が広がり、顧客体験(CX:Customer Experience)の向上に多くの企業が注力している中、新しい技術の導入に関する努力を怠ってしまうと、顧客が多くの選択肢を持っている現代で生き残るのは難しいはずだ。

 一方、売り上げに直接的に関わる応用方法としては、ブランド名がわからない商品にカメラを向けると商品情報が表示されるシステムや、口紅などの化粧品をバーチャル空間内で試用できるサービスなどがある。これらは未だに実証実験段階にあるものが多い印象だが、その今後には期待が集まっている。

データの悪用やプライバシーの侵害などが懸念点

 商業施設やモバイルデバイスでの事例は大きなビジネスインパクトを生む可能性がある。一方で、店舗での動線解析で説明したように、データの悪用やプライバシーの侵害などが懸念点として挙げられている。AIの社会への浸透においては、個人情報の取り扱いに関する検討を慎重に進めていく必要があることを忘れてはならない。

 画像認識技術は今、多くの産業で着々と応用研究が進んでいる。医療業界では医師による診断精度を超える画像認識システムがいくつも生まれている。次回は医療における画像認識の最前線を解説しつつ、培われた技術をどのように他の産業に活かしていくか、そのために乗り越えるべきハードルはなにかについて、実例を用いて考察していく。

Min Sun(ミン・スン)

AppierチーフAIサイエンティスト。専門分野は、コンピュータービジョン、自然言語処理、深層学習、強化学習。

2005年、Google Brainの共同設立者の1人であるAndrew Ng(アンドリュー・エン)氏や、元Google CloudのチーフサイエンティストであるFei-fei Li(フェイフェイ・リー)氏などのプロジェクトに携わり、AAAI(アメリカ人工知能学会)をはじめ世界トップクラスの人工知能学会で研究論文を発表する。

2014年に台湾国立清華大学の准教授に就任。2015年から2017年には「CVGIP(Computer Vision Graphics and Image Processing)Best Paper Awards」を3年連続で受賞した。

2018年に「研究者には肩書きよりもデータが必要」と感じ、AIテクノロジー企業のAppierにチーフAIサイエンティストとして参画。新製品の開発や、既存製品の機能改善のほか、技術的な課題解決に携わっている。