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医療分野が示すAI開発・活用の成功要因【第3回】

ミン・スン(AppierチーフAIサイエンティスト)
2020年3月4日

前回は、画像認識技術がいかに生活やビジネスに浸透し始めているのかについて、小売業の商業施設とモバイルデバイスでの活用例を挙げて説明した。今回は、画像認識分野を中心としたAI(人工知能)の実状を伝える。同時に、医療分野におけるAI開発の成功要因を分析し、他分野でAIの開発を成功に導く条件を考察する。

 医療分野はAI(人工知能)の応用研究が最も進んでいる分野の1つである。2017年に「画像認識AIによる皮膚癌の診断精度が皮膚科医の診断精度を超える」という事例が登場したのを皮切りに、医師の診断精度を超えるAIが続々と誕生するようになった。

医師の診断精度を超えるAIはできても医師の代替はできない

 たとえば、前立腺癌を等級ごとに分類する研究では、一般病理医の診断精度が61%だったのに対し、画像認識AIは70%の精度をもっている。ほかにも、乳癌や肺癌の診断などで、医師を超える診断精度を記録する成功例が報告されている。

 新薬の開発につながる研究も進む。スーパーコンピューターの演算能力とAIによる自動判定によりビッグデータを解析することで、新薬に用いる物質の候補を絞り込む作業に必要な時間を半減させた例がある。

 画像認識AIや、創薬の時間短縮を可能にするAIが生まれたことで、「近い将来、AIが医師という職業を代替する」と考える人がいるかもしれない。しかし現在のAIは、患者が特定の病気に罹患しているかどうかの判定や、新薬の作業時間削減のためのツールに過ぎない。医師という職業を総合的に代替できるレベルからは程遠い。

 また、AIによる誤診が起きた際の責任問題や、人がAIによる診断を信頼できるのかといった感情的な問題に関する議論は始まったばかりである。

 AIが医療にもたらす価値は、医師という職業の代替ではなく、医師の仕事をサポートすることだ。AIのサポートにより医師の判断が、より早く、より正確になれば、より多くの患者に、より質の高い医療を届けられるようになる。

医療分野にはAI研究の進展を後押しする特性がある

 医療分野でAI開発が進展している背景には、医療業界の特性がある。その1つが、医療現場で発生するデータの豊富さだ。

 医療現場には、画像データや遺伝子データなど、さまざまなデータが日々、追加され蓄積されている。画像データとしては、CT(Computed Tomography:コンピュータ断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像(Magnetic Resonance Imaging)などの画像がすぐに思い浮かぶだろ。だが医療現場では、超音波による体内の画像や病変を直接的にカメラで撮影した画像などもある。

 さらに近年は、病変に関する包括的なデータや、遺伝子の解析データ、化学物質の影響や組成に関するデータなども蓄積され続けている。膨大なデータ量を必要とするAI開発において医療現場は、うってつけの環境だと言える。

 もう1つの特性は、医療分野には、産業全体に通じる明確な課題が、いくつも存在していることだ。たとえば、病気の判断基準が医師の経験と能力に依存するという課題は、数十年に渡って議論されている。

 脳や心臓、肺などの疾病の多くはMRI画像やCT画像を元に、医師が疾病を発見し、病名を特定する。だが、疾病の判断は難しく、医師ごとに診断結果が異なる場合が多い。特に、初期段階にある疾病の発見は困難であり、誤診によって命を落とす人は後を絶たない。もちろん、精密検査をすれば誤診をカバーできるが、患者への経済的負担は大きくなってしまう。

 研究期間が長いという課題もある。医療という人命に関わる分野での研究は、研究・開発・実験といったフェーズのそれぞれで数年から数十年の年月が費やされる。その研究も必ずしも成果につながるとは限らないだけに、医療研究の効率化は長年の課題である。

 これらの医療現場の特性や課題に対し、低コストかつ有用性の高いAIを生み出すことが求められ、それに応える形で研究が進展してきたわけだ。