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  • 課題解決に向けAIを本質的に理解する

医療分野が示すAI開発・活用の成功要因【第3回】

ミン・スン(AppierチーフAIサイエンティスト)
2020年3月4日

医療以外の分野では利用できるデータの理解が不足している

 では、上述したAI開発の成功要因は、医療分野に特有なのだろうか。たとえば大量データの存在はどうか。

 大量データについては、他のビジネス領域の担当者のなかでは、AIの学習データには、どのような画像データが用いられているのか気にかけている人は多くない。確かに、画像データの選定には専門的な知識が必要になる。しかし、ビジネスの担当者が、どのような画像データを用いることができるかを理解できれば、自社でのAI活用構想を練る際には、その選択肢を広げられるだろう。

 医療現場で取得可能なデータは、上述したように、CTやMRIなどの画像データだけではない。病変をカメラで直接撮影した写真や、体内を映し出した内視鏡画像、粘膜や血液を撮影した顕微鏡画像、胎児の様子を撮影した超音波画像など、さまざまな画像が取得できる。いずれもが画像認識AIの学習に有用な画像データだ。過去の研究で明らかになった物質の組成や効能などもデータとして十分に活用しうる。

 重要なことは、「どんなデータでも有用なデータになり得る」と理解することだ。自社で保有しておきながら、「使えない」と高を括ってしまうことなく、専門家との検討を進めることが、画像認識AIを開発する際の第一歩になる。

AI開発では解決したい課題の詳細設計が重要

 ただし、あらゆるデータを取得できたとしても、必ずしも高精度なAIを開発できるとは限らない。高精度な画像認識AIを開発するために重要なことは、AIで解決する課題を詳細に設計できるかどうかである。

 たとえば医療現場において、胸部X線画像だけから「この患者は、どんな病気に罹患しているか」を特定するのは現状、困難だ。万能なAIを作り出すことが現状では不可能であることを受け入れ、明確な特定の課題を発見できるかどうかが、AI開発の鍵を握る。

 肺癌や胸部大動脈瘤など、特定の病気に絞った検査結果であれば、発見精度が高いAIを開発できる場合が多い。正常な肺の画像と、病気に罹患している肺の画像を学習データにすることで、肺に異常があるかどうかを判別するAIの実現性は高い。医療分野の成功事例が多いのは、現時点でAIができることを把握したうえで進められている研究が多いからである。

 他分野でも同様で、特定の問題の判定や異常検知などのためのAI開発は可能だ。だが、どのような問題が起きているのかを説明することは現状、不可能であることを理解しなければ、AIへの失望を招くだけだろう。

 また医療分野のAIの開発は専門の研究機関が中心になって進められているため、一定の成果に結びついているといえる。これに対し、ビジネス分野でのAI開発では、プロジェクト担当者のリテラシーに依存することが多い。それだけにプロジェクト担当者は、AIの開発者とのコミュニケーションを重ね、「今のAIが、どこまでできるのか」をきちんと理解したうえで開発プロジェクトに臨むことが成功への近道になるはずだ。

 次回は、マーケティング領域に焦点を当て、AI関連技術が、どのように使われているのかをみながら、AIが今後、どのように社会に浸透していくのか、そのAIを利用する側である我々は、テクノロジーの進歩とどう向き合っていくべきなのかを考察する。

Min Sun(ミン・スン)

AppierチーフAIサイエンティスト。専門分野は、コンピュータービジョン、自然言語処理、深層学習、強化学習。

2005年、Google Brainの共同設立者の1人であるAndrew Ng(アンドリュー・エン)氏や、元Google CloudのチーフサイエンティストであるFei-fei Li(フェイフェイ・リー)氏などのプロジェクトに携わり、AAAI(アメリカ人工知能学会)をはじめ世界トップクラスの人工知能学会で研究論文を発表する。

2014年に台湾国立清華大学の准教授に就任。2015年から2017年には「CVGIP(Computer Vision Graphics and Image Processing)Best Paper Awards」を3年連続で受賞した。

2018年に「研究者には肩書きよりもデータが必要」と感じ、AIテクノロジー企業のAppierにチーフAIサイエンティストとして参画。新製品の開発や、既存製品の機能改善のほか、技術的な課題解決に携わっている。