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  • 課題解決に向けAIを本質的に理解する

マーケティング分野に広がるAI活用【第4回】

ミン・スン(AppierチーフAIサイエンティスト)
2020年4月8日

コンピューターの文章理解能力が向上

 感情分析AIの根幹にあるのが自然言語処理技術である。日本語や英語など人が日常的に話す言葉の総称である「自然言語」を、コンピューターによって処理する技術を指す。この技術により、文脈や、受け取り方によって意味が変わることのある自然言語をコンピューターが理解できるようになりつつある。

 たとえば、「青い嘴(くちばし)の鋭い鳥」という一文は、「鋭い青色の嘴を持つ鳥」ととらえることも、「嘴の鋭い青い鳥」ともとらえられる。だが、プログラミング言語が一意であるという特性の影響から、コンピューターは、上記のような文章の意味合いを正確に判断することを苦手としていた。

 それが自然言語処理技術が進歩したことで、コンピューターの文章理解能力が飛躍的に向上し、より人間的な判断を下せるようになった。感情分析の精度向上につながっただけでなく、文章や単語などからユーザーの嗜好傾向を予測したり行動を予測したりするAIの精度向上にも大きく寄与している。

 人と比較すれば、まだまだ至らない点が多い自然言語処理技術ではある。だが同技術は機械翻訳や、かな漢字変換などマーケティング領域以外でも活用が広がっており、日進月歩の勢いで精度が向上している。私たちの想像を超える精度に至る日は、そう遠くないだろう。

AIがAIの施策を評価・選定する動きも

 マーケティング分野のAIでは、AIで配信した広告などの施策の効果を予測するための利用が始まっている。売上予測や在庫管理などに用いられている考え方を広告クリエイティブの事前評価などに用いる。

 広告業界では、1つの広告プロジェクトに対し無数のアイデアが生み出される。CMひとつをとっても、誰を起用するか、どのような色合いにするか、フォントはどうするかなど決定事項は無数にある。経験豊富なアートディレクターなどがアイデアを絞り込み、クライアント側の担当者と協議しながら、どのアイデアを採用するかを決めるが、意思決定者の個人的な意見が反映されやすい。

 これに対し広告効果を予測するAIは、無数の評価軸を元に定量的に広告効果が高いであろうアイデアをデータを元に選択する。さらには、AIが予測した顧客獲得プロセスを自動化し、施策のROI(投資対効果)向上につなげる動きも始まっている。AIが採用したアイデアと、不採用になったアイデアを比較できないところが難点に挙げられるが、業界に一石を投じるAIであることは間違いないだろう。

AIの未来を決めるのは私たち1人ひとりの行動

 第1回から、画像認識や自然言語処理、最適化など、種々のAI関連技術を紹介してきた。AIの適用範囲は、さらに広がり続けるだろう。率直に言って、急激な変化が続くこの世界の10年後、20年後は誰にもわからない。10年後、AIは当たり前の存在になっているかもしれないし、過去のブームで終わっているかもしれない。

 筆者は、そうした違いを生むのは我々1人ひとり行動だと信じている。

 読者の中には、AIを活用するための予算が少なく、AI導入を諦めている人がいるかもしれない。しかし、AI活用では独自にAIを開発するだけでなく、既存のソリューションなどを活用する手段もある。逆に予算はあるがAI導入が進まないのであれば、自社にデータ分析担当を置いた上で課題解決に特化したAIベンダーとの連携が有効かもしれない。

 「AIによって仕事が奪われる」ことへの恐怖心から、AI導入に消極的な人もいるかもしれない。だが今後、人手不足が深刻化するとされる日本社会において、AIは人の仕事を奪う“敵”ではなく、仕事を円滑に進めるための“パートナー”になるはずだ。

 これは筆者の意見でしかない。だが本連載で紹介したAIに関する知識を元に思考を重ね、読者1人ひとりが意思を持って行動に移していただければ、これ以上の喜びはない。

Min Sun(ミン・スン)

AppierチーフAIサイエンティスト。専門分野は、コンピュータービジョン、自然言語処理、深層学習、強化学習。

2005年、Google Brainの共同設立者の1人であるAndrew Ng(アンドリュー・エン)氏や、元Google CloudのチーフサイエンティストであるFei-fei Li(フェイフェイ・リー)氏などのプロジェクトに携わり、AAAI(アメリカ人工知能学会)をはじめ世界トップクラスの人工知能学会で研究論文を発表する。

2014年に台湾国立清華大学の准教授に就任。2015年から2017年には「CVGIP(Computer Vision Graphics and Image Processing)Best Paper Awards」を3年連続で受賞した。

2018年に「研究者には肩書きよりもデータが必要」と感じ、AIテクノロジー企業のAppierにチーフAIサイエンティストとして参画。新製品の開発や、既存製品の機能改善のほか、技術的な課題解決に携わっている。