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工場・倉庫から手術室や家庭へと広がるロボットビジネス【第4回】

安藤 健(パナソニック マニュファクチャリングイノベーション本部 ロボティクス推進室 総括)
2020年10月5日

ロボットアームによるピッキングの自動化も

 現時点でAmazonのシステムは、同社内の利用に留まっているが、同じタイプの搬送ロボットの事業化が世界中で激化し、レッドオーシャンに近い競争状態になっている。

 たとえば中国のユニコーン企業Geek+(ギークプラス)製の搬送ロボは、中国EC最大手のアリババグループが導入を進めている。インドのGrayOrange(グレイオレンジ)が開発する「Butler(バトラー)」は、国内の独占販売権を持つGROUNDを介して、ニトリや大和ハウス工業、トラスコ中山などが導入。日立製作所の「Racrew」は、工具などを通販するモノタロウが導入している。

 棚の下に潜り込むタイプ以外にも、積み上げたコンテナを天井側に引き上げて縦横無尽に走行させるタイプ(ノルウェーのJakob Hatteland Computer製の「AutoStore」など)や、作業者の後方を追従するタイプ(日本のDoog製「サウザー」やZMP製「CarriRo」など)が現場で活用され始めている。

 物流倉庫では搬送ロボットだけでなく、ロボットアームを使ったピッキング作業の自動化も進んでいる。パレタイズ(パレットに荷物を積み付ける)、デパレタイズ(パレットから荷物を下ろす)、ピースピッキング(注文などに応じて対象の品物を選び取る)などの工程への導入が進む。

 たとえば、日本のMUJINは、大手ロボットメーカー8社のロボットを統一的に直接制御できるコントローラーや精度の高い画像処理技術を武器に、物流現場が求める複雑な状況下において、上記のような作業への適用を可能にしている。

 2足歩行や4足歩行で有名な米Boston Dynamicsは、倉庫の無人化技術を開発するカナダのOTTO Motorsとの共同開発を進めており、2022年には製品提供を開始する計画である。ほかにも、元来、物流倉庫を対象にマテリアルハンドリング事業を手掛けてきた会社なども続々と参入してきており、ロボットアームの領域での競争も、ますます本格化していく。

 物流倉庫分野では今後、現場のサイズや目的に応じて、利用者が最適なロボットシステムを使い分けるようになる。結果、ロボットシステムの差別化要素は、現場の作業員にとってのユーザビリティや、ピックアップする商品を指示・管理している上位システムとの連動性などになるだろう。

急拡大が始まる手術用ロボット

 工場や物流倉庫といった市場に続き、少しずつではあるがロボットビジネスとしての塊が出始めてきている分野がある。手術ロボットや掃除ロボットの市場が代表例である。

 手術ロボットの市場規模は現在、急速に拡大している。国内で約200億円、グローバルでは約4500億~5000億円だとされている。

 手術ロボットは、遠隔操作型のロボットの一種だ。患者の体表に開けた約1cmの穴から体内に挿入されたロボットアームを、離れた場所から医師が操作して手術する。非常に小さな切開で手術ができ患者へのダメージが少ないことや、医師の動作の手振れ補正や縮小動作(医師が1cm動かすとロボットは1mm動くなど)により、非常に精密な作業ができる。

 手術ロボットの中で圧倒的な存在感を出しているのが、米Intuitive Surgical製の「da Vinci(ダビンチ)」だ(写真3)。1990年頃に米国のスタンフォード研究所(SRI)やMIT(マサチューセッツ工科大学)などが軍事目的に開発し、1999年から商品化を目指した開発が本格化した。

写真3:「da Vinci(ダビンチ)」の構成例。左側が医師の操作台 © 2020 Intuitive Surgical、Inc.

 da Vinciは既に、累計約5000台(国内約300台)が販売され、年間で100万件に近い手術に使われているともされる。Intuitive Surgicalの売上高は2018年に約4000億円を達成、その利益率は30%というから驚きだ。

 Intuitive Surgicalの売上高全体において手術ロボット本体が占めるのは約3割に過ぎない。残り7割は、消耗品(53%)とサービス(17%)である。消耗品は、ロボットアーム先端のハンドにあたる鉗子など。これら手術器具は10回使用すると交換が必要など交換頻度の高い消耗品になっている。

 一方のサービスとは、ロボット本体の保守と、関連する医師・看護師などへの教育訓練である。da Vinciのケースは、ロボット本体の機能開発も重要だが、ハイテク産業であっても、ビジネスモデルや収益モデルが重要であることを良く示していると言える。

 約20年前に開発が始まった手術ロボットは、今まさに主要特許の期限が切れるタイミングにある。国内では産業用ロボット大手でもある川崎重工業と、シスメックスの共同出資会社であるメディカロイドが、手術ロボット「Hinotori」を共同開発している。Hinotoriは2020年8月、厚生労働省からり製造販売承認を取得したところだ。

 海外でも米ジョンソン・エンド・ジョンソン系のVerb Surgicalが、独自のAI(人工知能)技術を活用した手術ロボットの商品化を進めている。中国企業も積極的に開発投資を進めているとされる。各社の参入により、現在1台数億円ともいわれる手術ロボットの価格は一気に下がり、普及が加速していくと見られる。

家庭にも広がる掃除ロボット

 手術ロボット以外で一大市場を作っているのが掃除ロボットである。家庭用掃除ロボ「ルンバ」を開発・販売する米iRobotの売上高は1000億円を超えている(詳細は著者のまとめ記事をご覧いただきたい)。世帯普及率は5%と、まだまだ拡大の余地は十分にあるものの、世界中の大手メーカーやベンチャー企業が参入しており、まさにシェア争いが激しくなっている。

 このように、工場、物流倉庫に加え、手術や掃除といった分野に大きな市場が生まれてきている。いずれも20年ほど前に研究開発が本格化したものが、ようやくビジネスとして花開いたという状態だ。

 ただロボット市場全体としてみれば、ロボットが活用されている現場は、まだまだ限られている。農業分野や公共分野での活用が期待されるものの、市場規模、単一企業の売上高とも小さいのが現実である。

 次回は、ロボット市場の創出・拡大に向けたポイントを見ていきたい。

安藤健(あんどう・たけし)

パナソニック マニュファクチャリングイノベーション本部ロボティクス推進室総括。パナソニックAug Labリーダー。博士(工学)。早稲田大学理工学術院、大阪大学大学院医学系研究科での教員を経て、パナソニック入社。ヒトと機械のより良い関係に興味を持ち、一貫して人共存ロボットの研究開発、事業開発に従事。早稲田大学客員講師、福祉工学協議会事務局長、日本機械学会ロボメカ部門技術委員長、経済産業省各種委員なども務める。「ロボット大賞」「IROS Toshio Fukuda Young Professional Award」など国内外での受賞多数。