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ロボットの“魅力”と“魔力”がビジネスを見誤らせる【第7回】

安藤 健(パナソニック マニュファクチャリングイノベーション本部 ロボティクス推進室 総括)
2021年1月12日

 こうした分析によって、現場が抱える課題を構造的にとらえられる。そして、「忙しすぎる」といった現場の担当者が抱える漠然とした問題に対して、その忙しさを発生させている本質的な課題は何なのか。それが病院経営や薬剤業務の安全・安心という観点からは、どのような構造になっているのかが理解できる(図2)。

図2:作業分析から導き出された病院における課題の例

 分析の結果、搬送ロボットを活用しなくても、機器や部材の管理場所やレイアウトを変更し動線を変えることで多くの課題が解決できてしまうかもしれない。ロボットを製造・販売する立場からすれば、ロボットが不要なことは残念であるが、何度も言うように顧客が欲しいのは、ロボットではなく、課題のソリューションだ。この点を見誤らないようにする必要がある。

 逆に事業者視点で考えれば、「どのような現場に対してどのようなロボットをどのように使うことが導入効果が最も出やすいのか」という業界や現場に対するノウハウなどを体系化した知見と、それに基づいて体系化した現場へのソリューションのパッケージ化こそが、真の意味での差別化要素や収益性を高めるポイントになるのかもしれない。

「ロボット」と呼ばれないことが正しい方向性

 現場の課題を適切に理解したうえで、ロボットによるソリューションが必要だと判断できれば、次は、どのようなロボットを開発するべきかというステップになる。このステップが最もロボットの“魔力”に翻弄されるかもしれない。

 開発側は、抽出された課題に対し、あらゆることを自動化により解決したいと思ってしまう。それができれば理想的であるかもしれないが、これまでに紹介してきた事例に見られるように、ロボットの技術レベルはまだまだ万能ではない。正確に言えば、技術的には多くのことが可能になってきてはいるものの、莫大な費用を掛ける必要がある。すなわち「金を掛ければ全自動化はできる」という状態だ。

 人手のほうが安く、早く、安全な作業であれば、必ずしもロボットで代替する必要はない。その上で、何をロボットにやらせ、どの作業は人がするのかの業務プロセスを最適化しなければならない。多くの場合、費用対効果で考えれば「人がやった方がよい」となるのがロボット技術の現状である。

 もちろん、将来的な人手不足の加速や技術の進化を見越せば、必ずしも現時点での費用対効果にこだわる必要はない。ただそうであっても、徹底的なロボットのスペックダウン、すなわちロボットにやらせることの削減を検討する必要がある。シンプルに言えば、モーターを使う場所を徹底的に減らし、コストダウンを図ることを真剣に考えなければならない。

 例えば洗濯機は、洗濯という行為を自動化するためのロボットだと言える。しかし、その形は、洗濯板をゴシゴシして洗濯する仕組みではなく、洗濯という行為の本質を抽出し、その洗濯プロセスを機械向けに再構成することで開発された。多くの場合、「ロボット」と呼ばれているうちは、道具としては機能が洗練されていないと考えてよいのかもしれない。

 産業用ロボットは別かもしれないが、本質的な機能に加えて、余剰な機能が付加されている、ある意味で冗長な仕様になっているモノに対しては、なぜか「ロボット」の名前で呼ばれることが多い。この冗長さこそが、親しみやカッコよさを生み、ロボットの“魅力”と“魔力”につながっていく。

 この“魔力”に打ち勝つためには、洗濯機のように「ロボット」と呼ばれないレベルまで徹底的に本質的な機能にのみフォーカスする作業が重要である。

 ロボットは大変に魅力的であるがゆえに、ビジネスとしての基本を見落としがちだ。「顧客の課題や困りごと、ペインは何なのか」「開発するロボットは、そのソリューションになっているのか、他の解決法はないのか」「最小の構成になっているのか」など、本当の意味でのソリューションを提供するためにはロボットとの距離を常に考えておく必要がある。

 次回は、自動化を提供価値とするロボットにおけるビジネス化の確度を高めるために、今後の社会動向を見ていきたい。

安藤健(あんどう・たけし)

パナソニック マニュファクチャリングイノベーション本部ロボティクス推進室総括。パナソニックAug Labリーダー。博士(工学)。早稲田大学理工学術院、大阪大学大学院医学系研究科での教員を経て、パナソニック入社。ヒトと機械のより良い関係に興味を持ち、一貫して人共存ロボットの研究開発、事業開発に従事。早稲田大学客員講師、福祉工学協議会事務局長、日本機械学会ロボメカ部門技術委員長、経済産業省各種委員なども務める。「ロボット大賞」「IROS Toshio Fukuda Young Professional Award」など国内外での受賞多数。