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ロボットは人の力を引き出し拡張する「自己拡張」に挑む【第11回】

安藤 健(パナソニック マニュファクチャリングイノベーション本部 ロボティクス推進室 総括)
2021年4月5日

「私」「私たち」を支える技術は“第一人称”の存在に

 自己拡張技術が昔からなかったのかといえば、決してそうではない。義手・義足といった自己拡張技術は産業用ロボットより歴史が古いくらいだ。ただ、これまでの自己拡張技術はユーザー層が限られていた。これからの自己拡張技術は、そのユーザー層を拡大し、非常に広く一般的になっていくというのが著者の予測である(図2)。

図2:「人生100年時代」に向けたロボティクスの変遷

 このロボティクスの変遷を「人称」という少し異なる視点から見てみる。産業用ロボットは“道具”として使われている。もちろん、長年使うことで愛着を持つユーザーもいるものの、基本的には道具だ。その存在は「これ」とか「あれ」とか呼ばれる第三人称的なものである。

 これがサービスロボットになると少し違ってくる。人との共存環境で使われることが多いサービスロボットには、顔っぽいものが取り付けられ生物感を帯びてくる。そうしたロボットに対しユーザーは、愛称を付けたり、「×××くん」とか「○○○ちゃん」と呼び掛けたりするようになる。

 実際、筆者らが事業展開する病院向け搬送ロボット「HOSPI」においても、同用の現象が確認されている。病院によってはHOSPI用の衣装を用意し着せ替えを楽しむ例もある。もはや“道具”というレベルではなくなる。まさにパートナーとして「あなた」「彼」「彼女」といった第二人称的な存在になる。「ドラえもん」は、こうしたパートナーロボットを表現した代表例である。

 では、自己拡張を実現するためのロボットは、どのような存在になるべきであろうか。自己拡張の定義において「やりたいことをやる」「なりたい自分になる」ということを述べた。つまり大事なことは、そこに“主体感”が存在しているかどうかである。

 理想的には、ロボットなどのテクノロジーを含めた状態で「私」と認識できるほどの状態である。これを専門的には、自分の身体に備わっているものだとして認識する感覚としての「自己所有感」と、観察される運動が自分自身によって引き起こされていると認識する感覚である「自己主体感」などが存在している状態と言う。

 難しい要件はおいておき、「やりたいことをやる」「なりたい自分になる」ためには、あくまでも「自分がやっている」と思えることが大事である。そのためには、技術自体が自分に取り込まれる形、すなわち「私」「私たち」の一部として第一人称的になっていなければならない。

 自分に取り込まれると言っても、決して自分の体内に埋め込まれているという意味ではない。視覚障碍者にとっての白杖のように、まるで自身の身体の一部と感じるような状態だ。さらにアバター技術などサイバー空間における技術の発展に伴い、自己拡張する「自己」は、必ずしもフィジカルな空間における存在だけではなくなってきている。

人間らしくあるために人の可能性を“しっかりと引き出す”

 「私」の一部になるための自己拡張技術は、英語では「Augmentation」という単語が使われることが多い。語源を見てみると、「aug」は「authority」などと語源を同じにし“個”として存在を強くするというニュアンスがある。つまり、自分の能力・状態を“ありたい姿”に近づけるために、“増強”だけでなく、内に秘めているものを“しっかりと引き出す”ための技術だと言える。

 メディア論の大家であるマーシャル・マクルーハン氏は、著書『メディア論 人間の拡張の諸相』などで「あらゆるメディア、テクノロジーは身体の拡張である」とした。例えば、テレビカメラは視線の拡張であり、ラジオは聴覚の拡張だという意味である。

 数学者のノーバート・ウィーナー氏は、ロボットの自己拡張に続く「サイバネティクス」という学問体系を構築した。人の生理学的な情報をモノの制御にフィードバックするという考えで、人がより直感的にモノを制御する技術だとも言える。

 サイバネティクスは生理学的な情報だけを扱おうとしているわけではない。心理学や組織マネジメントなど多様な分野から人を理解し、人がより良い方向に動くためには何が必要かを探求する。ウィーナーは代表的な著書『人間機械論』の副題を「THE HUMAN USE OF HUMAN BEINGS(邦訳:人間の人間的な利用)」としている。

 『人間機械論』の発表は1950年であり、70年以上前だ。自己拡張技術が現在、挑戦しようとしているのは、まさに、その時代に提案された人間が人間らしく生きることの実現なのである。

 次回からは、「やりたいことをやる」「なりたい自分になる」ために人の能力を拡張したり内に秘めたものを引き出したりする「自己拡張」という考えに沿ったロボティクスにおける新しい取り組みについて見ていく。

安藤健(あんどう・たけし)

パナソニック マニュファクチャリングイノベーション本部ロボティクス推進室総括。パナソニックAug Labリーダー。博士(工学)。早稲田大学理工学術院、大阪大学大学院医学系研究科での教員を経て、パナソニック入社。ヒトと機械のより良い関係に興味を持ち、一貫して人共存ロボットの研究開発、事業開発に従事。早稲田大学客員講師、福祉工学協議会事務局長、日本機械学会ロボメカ部門技術委員長、経済産業省各種委員なども務める。「ロボット大賞」「IROS Toshio Fukuda Young Professional Award」など国内外での受賞多数。