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ロボットは人の力を引き出し拡張する「自己拡張」に挑む【第11回】

安藤 健(パナソニック マニュファクチャリングイノベーション本部 ロボティクス推進室 総括)
2021年4月5日

前回まで、生産性を引き上げるためのロボットの現状と、ロボットを事業として展開する際の重要なポイントを紹介してきた。今回からは、ロボットがもたらす3つの価値のうち未開拓な領域にある「自己拡張による幸福度の向上」について紹介していく。なぜロボティクスに“自己拡張”という価値が必要なのかを考えていきたい。

 本連載の第1回において、ロボットには大きく3つの価値があると示した。(1)自動化による生産性の向上、(2)遠隔化による安全性の向上、(3)自己拡張による幸福度の向上である。

自動化できない作業は人にとって“楽しい”のか

 生産性を高めるためにロボットを導入し、どんどん自動化を進めていくと、どうなるだろうか?ロボットの性能が飛躍的に向上し、多くの作業が低コストで自動化できる時代になったとき、生産性至上主義に従えば、人の役割は「自動化できないことを担うこと」になる。

 このとき、人が担うことになる自動化できない作業が楽しいものであれば全く問題はないだろう。だが、その作業が楽しくないことであれば、これほどディストピア感に満ち溢れた世界はない。おそらく、その作業を担当する人の仕事に対するエンゲージメントレベルは低下し、結局、生産性は下がっていくのではないだろうか。

 現状は、ここまでは極端な状況にはなっていない。だが、企業としては生産性を高めながら規模を拡大することを、国としては一定期間にどれだけモノやサービスによる付加価値を創出できたかを示す指標である国内総生産(GDP:Gross Domestic Product)の拡大を、それぞれが追い求めていることは間違いがない。

 しかし地球は丸い。サイバー空間が登場し活動範囲が無限に広がるのは事実だが、人がリアルに存在するフィジカル空間が有限であることは変わらない。そうした中で、量だけを追い求める活動は早晩限界を迎える。「いかに効率的に活動できるか」という視点からの生産性の高さは、ある程度は求められるだろうが、より重要になってくるのは、活動の“量”ではなく活動の“質”になるはずだ。

 独立研究者の山口 周 氏の言葉を借りれば、これからの時代においては「経済性から人間性へ、人間的衝動に根ざした欲求の充足」が求められる時代になっていくのである。

やりたいことやり、なりたい自分になる「自己拡張」

 いわゆる3K作業や単調作業など自動化すべきことは自動化すれば良い。一方で、人間は人間らしく生きる。「やりたいことをやる」「なりたい自分になる」ということが、「人生100年時代」とも呼ばれる現在において、生涯に渡り実現できれば、これほど幸せなことはない。

 この“自分”のフィジカルな能力やエモーショナルな状態をテクノロジーを使って“拡張”することを「自己拡張」、そのための技術を「自己拡張技術」と呼ぶことにする。今後、必要になってくるのは、まさに自己拡張技術であり、自己拡張による幸福度の向上ではないだろうか(図1)。

図1:自動化と「自己拡張」の位置付け

 オムロンの創業者である立石 一真 氏は「機械にできることは機械に任せ、人間はより創造的な分野で活動を楽しむべきである」という素晴らしい経営理念を掲げた。人間がより創造的な活動を楽しむために、裏方的に活躍する機械を含む技術全体を「自己拡張技術」と呼ぶこともできるだろう。

 自己拡張技術をロボットの役割として考えてみると、どうなるだろう。本連載で繰り返し述べたように、ロボット産業は工場内における自動化のためのツールとして1兆円産業にまで凄まじい成長を遂げてきた。近年はサービスロボット分野に、その活動の領域を広げている。そして今後は、自己拡張分野へと発展していくだろう。