- Column
- Well-beingな社会に向けたロボットの創り方
“ぼーーっと”する時間が生み出すWell-being【第17回】
ランダムな現象で“ぼーーっと”を創り出す
そのコネルから提起されたのが、『「不」をなくすこと以外にテクノロジーを使えるのではないか」ということである。「不」というものは決して悪いことだけではなく、「不便だからヒトは工夫をするし、不条理だから疑問を持つ」という視点だ。
様々な議論を繰り返す中で構築した仮説が「雷だけではなく、たき火、線香の煙など何にもコントロールされない自然が作り出すランダムな現象が“ぼーーっと”することにつながるのではないか」というものだった。
すると次に起こる問題は、「自然界に数ある要素の中から何にフォーカスを当てるのか」である。筆者は最初、たき火やロウソクなどの炎という存在を思い浮かべたわけだが、リアルな火を家庭中に持ち込むのは、なかなか難しい。いくつか考えたうえで我々が最終的に選んだのは「風」とうランダムな現象である。
この「風」と家庭にある「カベ」を組み合わせたのが、ゆらぎかべ:TOUだ。本来「かべ」は、風が屋外から入ってこないように存在しているが、あえて風によって自然に揺らしてみようというアイデアにたどり着いたのだ。高原などで草木が風でなびいている様子は何も考えずに“ぼーーっと”見ていられる。そんな様子をテクノロジーを使って創り出せないかとの考えである。
ここで、ゆらぎかべの構造的な面にも少しだけ触れておく。壁の表面には鉄粉を混ぜた布を貼っている。その布の裏側には約800個の電磁石を等間隔に配置した。電磁石のオン/オフを制御し、表面の布を引き寄せたり離したりすることで揺らぎを発生させている。
壁全体をゆらぎかべにすることもできるが、構造的には80センチメートル角で分割でき、様々な場所に取り付けられる。1日中Web会議に参加している自室の中で小さく揺らがせても良いし、高層マンションの上層階や地下空間など窓を開けられない場所に設置しても良い(図2)。将来的には宇宙空間といった真空な場所でも、風を感じて“ぼーーっと”する時間を創り出せるかもしれない。
“ぼーーっと”することが創造性を拡張する
では“ぼーーっと”することは、Well-being(幸福)につながるのだろうか。改めて“ぼーーっと”する価値について考えてみたい。
多くの読者は、寝ようとしてベッドに入った後にナイスアイデアを閃いたことがあるのではないだろうか。そのまま寝てしまい翌朝には何も覚えなかったり、冷静に考えてみると大したアイデアではなかったりすることがほとんどかもしれないが、“ぼーーっと”していると、何かを思いついたり閃いたり、思い出し笑いをしたりと、想定外の様々な思考が生れることは結構あるのではないだろうか。
“ぼーーっと”することは一見すると、生産性を悪くしムダな時間だと思われるかもしれない。逆にみれば、ロボットやAI(人工知能)システムには、なかなか真似しづらい、非常にヒトらしい行動だと言えるかもしれない。
この“ぼーーっと”している状態を、脳科学的には「Default Mode Network(DWN)」と呼ぶことがある。米Washington大学のRaichle先生らが発見した、安静時に特異的に活動する複数の脳領域をDMNと呼んだのが最初だ。
DMNは「創造性」と関係しているとも言われている。その意味では“ぼーーっと”することは、思考を拡張し、創造性豊かに生きていけるようにするための大事な要素だと言える。
一方でDMNは、内省・内観、過去の記憶、未来の想像とも強く関係している。良くない出来事を考えてしまうケースが当然生じるし、「マインドワンダリング」と呼ばれる、ある意味マインドフルネスとは異なる状況になってしまう場合もある。そこには十分に注意をしなければならない。
データ化で時間や空間の制約を超える
さて、ゆらぎかべでは“ぼーーっと”するために壁を揺らしている。この揺らぎなどをテクノロジーで実現することのメリットを考えてみたい。
そのメリットを一言で言えば「ポータビリティ」ということになる。テクノロジーを使って風という自然現象をデータ化することで、データポータビリティが生れる。データにすることで、時間や空間の制約を超え、データを持ち運べるようになる。
ゆらぎかべの例では、なにも自宅の周りで吹いている風を部屋の中で再現することにこだわる必要はない。地球の裏側で吹いている風も再現できるし、遠く離れた故郷の風を伝送することもできる。あるいは、データになっていれば、過去にさかのぼって、思い出のある場所の風を復活させることもできる。
実際、ゆらぎかべを京都市にある京都市京セラ美術館での「KYOTO STEAM 2020」に展示した際は、風のセンシング技術「Windgraphy」を持つKOAの協力を得て、長野県諏訪市にある諏訪湖の秋分の日の風のデータを用いた。京都にいながら、遠く離れた長野の風の動きを感じられる不思議な体験だった。
データ化により時間と空間の制約を超えられることは、人の記憶なども刺激できるだけに、感性的な価値を創出するという視点では大きなメリットになる。
次回は、一人では完結しないヒトとヒトの関係性におけるWell-beingについて、事例を基に考えていきたい。
安藤健(あんどう・たけし)
パナソニック マニュファクチャリングイノベーション本部ロボティクス推進室総括。パナソニックAug Labリーダー。博士(工学)。早稲田大学理工学術院、大阪大学大学院医学系研究科での教員を経て、パナソニック入社。ヒトと機械のより良い関係に興味を持ち、一貫して人共存ロボットの研究開発、事業開発に従事。早稲田大学客員講師、福祉工学協議会事務局長、日本機械学会ロボメカ部門技術委員長、経済産業省各種委員なども務める。「ロボット大賞」「IROS Toshio Fukuda Young Professional Award」など国内外での受賞多数。