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  • Well-beingな社会に向けたロボットの創り方

多様な関わり合いの中に生きる人と自然の間に生まれるWell-being【第19回】

安藤 健(パナソニック マニュファクチャリングイノベーション本部 ロボティクス推進室 総括)
2021年12月6日

UMOZ:コケを歩かせることで人の自然への意識が変わった

 もう1つ事例は、クリエイティブカンパニーのロフトワークと一緒に開発した「UMOZ」である。コケに6本脚を生やした移動式ロボットだ(図3)。言葉で説明するよりも動画のほうが圧倒的に伝わるので是非、紹介ページ)を見ていただきたい。

図3:コケロボット「UMOZ」

 UMOZは、コケの「環世界」にインスピレーションを得て開発したロボットだ。環世界とは、生物学者のヤーコプ・フォン・ユクスキュル氏が提唱した「すべての生物は自身が持つ知覚によって独自の世界を構築している」という考え方である。つまり「生物ごとに見えている世界は全然違うよ」ということだ。

 筆者もUMOZに取り組むまで全く知らなかったが、日本だけでもコケには約1800種類もあるとされる。それぞれに、乾燥に強い、安定湿度を好む、日照りを好む、日影が好き、などの特徴がある。

 そのコケに、「もし足が生えて好きな場所に移動できるとすれば、どんな動きをするのか」ということを表現したのがUMOZだ。もちろん、本当にコケの意図をセンシングしているわけではない。照度センサーと湿度センサーを埋め込むことで疑似的にコケの特性、コケの環世界を反映させている。

 UMOZを作って発表した際には、Twitterなどで若干バズったこともあり、「カワイイ!!」という感想を多くいただけたほか、「おもしろい」という感想も得られた。さらには「UMOZを見て以来、街を歩くたびに街中のコケが気になって仕方がない」ということを複数人から聞いた。中には、街中で撮影したコケの写真を送ってくれる人もいた。

 これは非常に興味深い結果である。UMOZの発表によって急にコケが増えたはずはない。世界や自然は何も変わっていなくても、人の認識が変わるだけで、世界は全く違って見えるということである。

 そして、元々存在した自然に目が向けば、我々自身が自然の中で生きていること、自然と共生していることに気付くことになる。結果的に、人が自然に優しくなることにも繋がっていくと考えられる。

 環世界の専門家である釜屋 憲彦 氏は「環世界は、他者への興味や寛容さを引き出すものだ」と表現している。それは、種による違い、もしくは立場による違いから生み出される環世界というものに対して、その多様性を適応(adapt)させることではなく、異なるものを調和(harmonize)させていくことが重要だということだろう。

地球レベルの問題を“自分事”にすることから始まる

 WaftとUMOZという2つのプロダクトは、身の回りに当たり前に存在している空気や、水、コケなどを敢えて可視化することで、人がその存在を知覚・認識し、それをキッカケに、人と自然の互いの環世界の調和を考えられるようになることを狙ったものだ。つまり、人と自然の関係性をより“Well”な状態にすることを目指したものである。

 人は長年にわたり自然と共生してきた。しかし、急速な工業化や、経済発展の中での行き過ぎた開発、一方的な自然のコントロールは、多くの報道がなされているように、地球環境に甚大な被害を与えた。そして異常気象や生態系の崩壊など、私たちの暮らしにも影響を与え始めている。

 最近は「SDGs(持続可能な開発目標)」や「サーキュラーエコノミー」といったバスワードを至る所で聞く。まったく以って否定する内容はないが、規模感が大きい。企業レベルの活動としては適していても、個人レベルでの実践は徐々に広がり始めた程度である。

 欧州などと比較すると日本では特に、環境的な価値を販売価格に転嫁することが難しいとも言われている。多くの日本人の感覚としては、環境問題が大切なことは理解していても、だからと言って限られた収入の中で高価なものは買いにくいというのが現実だろう。

 このような話は、経済的な裕福度や教育内容などにも依存する難しい話ではある。だが、少なくとも第一歩は、地球レベルの大きな問題をいかに“自分事”にできるかではないだろうか。環境や自然は気付くか気付かないかはあるにせよ、最も身近にある存在であり、われわれ人もまた自然の一部である。

 人と自然の関係性やつながりを見つめ直し、すべてのものが共に生きる世界で、より良い仕組みや生き方を実践することが、これからの「われわれのWell-being」につながるのではないだろうか。

 第15回から今回まで5回に渡り「Well-beingなロボットの姿」について議論を展開してきた。そもそも人の感性とは何なのか、感性価値の高いプロダクトをどう発想していくのかというところから始まり、個人としてのWell-being、人と人の間にあるWell-being、そして人と自然の関係性におけるWell-beingについて紹介した。

 次回からは本連載のまとめとして、これからのロボット開発をどのように進めていくべきかについて考えていきたい。

安藤健(あんどう・たけし)

パナソニック マニュファクチャリングイノベーション本部ロボティクス推進室総括。パナソニックAug Labリーダー。博士(工学)。早稲田大学理工学術院、大阪大学大学院医学系研究科での教員を経て、パナソニック入社。ヒトと機械のより良い関係に興味を持ち、一貫して人共存ロボットの研究開発、事業開発に従事。早稲田大学客員講師、福祉工学協議会事務局長、日本機械学会ロボメカ部門技術委員長、経済産業省各種委員なども務める。「ロボット大賞」「IROS Toshio Fukuda Young Professional Award」など国内外での受賞多数。