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  • Well-beingな社会に向けたロボットの創り方

高まるロボティクスニーズが求めるオープンイノベーション【第20回】

安藤 健(パナソニック マニュファクチャリングイノベーション本部 ロボティクス推進室 総括)
2022年1月11日

住民も巻き込み新たな「世界観」を創り上げる

 オープンイノベーション2.0には、もう1つ特徴がある。複数のユーザーや市民が中心的な役割を果たすということだ。オープンイノベーション1.0では「産学官連携」と言われるように、あくまでも産業的な視点が強い。ユーザーや市民の存在が前面に出てくることはなかった。

 今後は、ユーザー主導型のイノベーションや市民参画型の開発が必要とされる。そこでは、実社会に根差した良質な問いを見つけ出し、どのような社会・世界にしていくかを検討していくことが重要になってくる。新たな「世界観」を文字通りユーザーや市民とともに作り上げていくのである。

 類似の考え方に「Living Lab(リビングラボ)」がある。研究者・開発者だけでなく、市民と共創し市民と評価していくという、まさにユーザー主導型のイノベーション手法だ。自分自身の困りごとや作りたい未来について考えられるため、圧倒的な当事者意識を持ったプロジェクトを効果的に生み出せる。

 実際、Living Labの手法は、多くのスマートシティなどにおける開発に取り入れられている。例えば、筆者らが神奈川県藤沢市の「藤沢サスティナブルスマートタウン(SST)」で実施している配送ロボットのサービス開発においても、住民参加型で多くの取り組みを実施している(図3)。

図3:住宅街で使われる配送ロボット

 参加住民には、配送ロボットをどのように使いたいかをヒヤリングするのはもちろんだ。だが、住民から配送ロボットに「湘南ハコボ」という愛称も付けてもらうなど、子供からお年寄りまでに可愛がって頂いている。

 湘南ハコボを対象にしたイラストコンテストでは、5歳の女の子が描いた作品が最優秀賞に輝いた。それは、ハートや星を積んだ湘南ハコボが笑顔で住宅街を走るという、まさに街にロボットが溶け込んでいる様子が描かれていた。住民としても「ロボットを自分たちが育てている」という感覚に近くなっているのではないだろうか。

 住民やユーザーが参画し、「自分たちが住んでいる街をどうしていきたいのか」「どのような暮らしができるようにしていくのか」ということを議論していくことは、データの取り扱いにも関連してくる。

 つまり住民自体が、個人の情報をどのように扱うのか、自分のデータはどのように提供し、そのメリットやデメリットを正しく理解することが、都市のデジタルトランスフォーメーション(DX)の実現に大きく寄与するはずだ。

 ただし、多くのステークホルダーがネットワーク状に絡みあうオープンイノベーション2.0においては、従来の1:1の産学連携と比べると、マネジメントする側としては難しさを増している。理由は単純で、みなが考えていることは“バラバラ”だし、その背景や利害関係が一致しないことが往々にして存在する。

 このようなコミュニティをどのように運営していくかでは、運営側の全体設計能力やファシリテーション能力などが重要になる。そうした全体設計能力を有するコアな組織が存在する場合は「オープンイノベーション3.0」と呼ぶ場合もあるほどだ。そこでの共通言語的な存在がデザインシンキングやSTEAM教育などであり、その重要性は今後、さらに高まっていく。

フィクションを妄想しノンフィクションにするのはエンジニアの特権

 ここまでオープンイノベーションの変遷に触れながら、その重要性について述べてきた。開発を加速するために自分たち以外の技術を積極的に取り入れ、市民・ユーザーも巻き込んだうえで社会に実装していくことが重要なことは間違いない。

 では、著者たちエンジニアは、残されたコア技術の開発に集中し、スペックを上げてさえすればよいかと言えば決してそうではない。良質な問いを探し出し、魅力あるグランドデザインを描き、世界観を発信することもエンジニアの重要な仕事ではないだろうか。

 時に市民・ユーザーが主導し、時にエンジニアが主導する。プロジェクトによって、そのリーダーが時々に変わるのが、これからのオープンイノベーションの“あるべき姿”かもしれない。

 あるべき社会、ありたい社会を妄想することは全員に与えられた権利だ。ただし、妄想したフィクションをノンフィクションにする権利はエンジニアに与えられている。その特権を活かしながら、ロボティクスなどのテクノロジーも使いながら、人も社会も環境も豊かになる世界を築いていきましょう。

 次回は本連載の最終回として、これまでを振り返りながら、Well-beingな社会に向けてロボティクスはどう進むべきかをまとめたい。

安藤健(あんどう・たけし)

パナソニック マニュファクチャリングイノベーション本部ロボティクス推進室総括。パナソニックAug Labリーダー。博士(工学)。早稲田大学理工学術院、大阪大学大学院医学系研究科での教員を経て、パナソニック入社。ヒトと機械のより良い関係に興味を持ち、一貫して人共存ロボットの研究開発、事業開発に従事。早稲田大学客員講師、福祉工学協議会事務局長、日本機械学会ロボメカ部門技術委員長、経済産業省各種委員なども務める。「ロボット大賞」「IROS Toshio Fukuda Young Professional Award」など国内外での受賞多数。