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空飛ぶクルマとVRで変わる近未来のモビリティ【第12回】

藤井 篤之、矢野 裕真、中野 浩太郎(アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部)
2022年5月25日

五感に代わるセンシング技術が高度な遠隔体験をもたらす

 eVTOLとともに、新たなモビリティとして注目されているのがロボットだ。ロボットといえば現状で、人型コミュニケーションロボット「Pepper」や、ビルや空港の警備・清掃ロボット、レストランの配膳ロボットなど使役ロボットが思い浮かぶだろう。倉庫での品出しや荷積みといった簡単な物理的作業のためのロボットも実用化が始まっている。

 しかし、モビリティへのロボット活用とは、仮想現実(VR:Virtual Reality)を組み合わせて体験の幅を広げるという、いわゆる“遠隔臨場感(テレイグジスタンス)”を実現するものである。人が乗用し移動することを前提にデザインされたハードウェアによるモビリティとは異なる。

 現地にいるロボットを遠隔操作し、遠隔地での様々なイベントを疑似体験できるようにするには、人間の五感(視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚)をどれだけ現実に近い形で再現できるかがカギを握っている。五感のうち聴覚については既に実用化に十分なレベルに到達している。視覚についても人間の眼と同等の高解像度ディスプレイを持つVRヘッドセットが登場している。

 視覚と聴覚で完結し、かつ現地で物理的な制御を必要としない参加型ライブやスポーツ観戦といったエンターテイメント体験については、商用利用がすでに始まっている。非接触が求められるコロナ禍の社会情勢が後押ししていることもある。

 一方、味覚・嗅覚・触覚の領域で物理的な制御が必要になる複雑なセンシングについては、依然として新たな技術開発への挑戦が続けられている。例えば遠隔地にいる家族のために、ロボットを通じて料理や洗濯などを介助するケース、商談やショッピングで素材の品質を確かめるケースなどは、さらに高度なセンシング機能を備えたロボットが必要になる。

 視覚や聴覚以外の五感を遠隔地へ伝送する制御技術の研究開発には現在も多くの企業や大学が取り組み、徐々に現実世界への適用を進めつつある。しかし、本格的な社会実装には制御面の技術的課題に加え、コストや社会的受容性にも課題があるため、まだ時間がかかると予想されている。

 こうした複雑な制御やセンシングが可能になれば、10~20年程度の時間軸であれば、遠隔化によって不要になる種類の移動の需要は次第に減少していくだろう。今後、ロボットやVRがさらなる進化を遂げると、モビリティに対するコスト意識はますます高まり、人々が移動するのは特別な目的に限られるようになるからだ。

 東京都市圏交通計画協議会が実施した『パーソントリップ調査』によれば、東京都市圏における外出率(調査対象日に外出した人の割合)は、2008年に86.3%だったのに対し、10年後の2018年は76.6%へと10ポイント近くも減っている(図2)。コロナ禍の影響を受ける以前の数字であり、その要因の一端がオンラインによる体験を加速させたスマートフォンの普及率向上にあるのは想像に難くない。

図2:スマートフォン普及に伴う外出率・移動回数の減少(出所:『パーソントリップ調査』東京都市圏交通計画協議会、『令和3年情報通信白書』総務省)

移動の先にある体験の価値が高まる

 逆に、旅行やドライブなど移動そのものを楽しむケースや、ロボットやVRでは代替が困難な、食事やスポーツなど身体的な欲求を満たす体験のための移動といったモビリティ需要が重要になってくると考えられる。

 そうした移動では、レベル4/5の自動運転車を利用し、仕事やエンターテインメントといった何らかの体験を伴うことが常識になるだろう。多少遠い場所への移動は、eVTOLを使って短時間のうちに済ませるようになる。街中には人とロボットが混在し、ロボットが人の代わりにあらゆる役務を担ってくれる。そんな便利な世界が、スマートシティから全国各地の都市へと広がっていくことだろう。

 これらはSFの世界で描かれた絵空事のように思えるかもしれないが、決してそんなことはない。すでに多数の製品/サービスが商用化可能な技術レベルに達している。それらを統合した魅力的な体験をいかにして実現していくか、これがモビリティに携わる企業に求められるケイパビリティになっていく。

藤井 篤之(ふじい・しげゆき)

アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部 ストラテジーグループ マネジング・ディレクター。名古屋大学大学院多元数理科学研究科博士後期課程単位満了退学後、2007年アクセンチュア入社。スマートシティ、農林水産業、ヘルスケアの領域を専門とし、官庁・自治体など公共セクターから民間企業の戦略策定実績多数。共著に『デジタル×地方が牽引する 2030年日本の針路』(日経BP、2020年)がある。

矢野 裕真(やの・ゆうま)

アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部ストラテジーグループ 自動車 プラクティス日本統括 マネジング・ディレクター。日系コンサルティング会社、プライベートエクイティ投資会社を経てアクセンチュア参画。自動車業界をはじめとする製造業を中心にデジタルテクノロジーを活用した事業開発や事業戦略から始まり、グローバル各国展開やM&A、実装に向けた実務支援まで企業価値向上に向けた豊富な支援経験を有する。

中野 浩太郎(なかの・ひろたろう)

アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部ストラテジーグループ 自動車 プラクティス シニア・マネジャー。モビリティ領域を中心に、新たなテクノロジーを起点とした新規事業の構想や企画から業務・システム設計、運営体制の立ち上げ・教育まで一貫して多数支援している。