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スマートシティが再定義する地方観光の誘客戦略【第28回】

藤井 篤之、大場 庸平、川島 美紀、奥山 浩(アクセンチュア)
2023年8月10日

データとデジタルテクノロジーの活用で観光地を再生する

 データを“面”でとらえるためには、地域の各種サービスを個別に提供するのではなく「一連の旅」として提供し、その足跡をデジタルで取得する方法などが考えられる。具体的には予約時点での情報収集から、地域で活用できるポイントやスマートフォン用プリケーションを使った観光客の足跡の取得などだ。

 こうした観光サービスの仕組みの提供は、地元の事業者にとっては、地域で稼ぐ力を伸ばせる施策になり得るはずだ。デジタル技術を使った観光振興策が生み出すメリットは、その土地を訪れる観光客だけのものではない。彼らを受け入れる観光産業や地域住民にとって重要な取り組みなのだ。

 ただし、デジタルを単に導入するだけでは利用者数は伸びない。地域での協力やブランディングなどを同時に実施することが前提になる。具体的な事例として宮城県気仙沼市の取り組みを紹介する。

 宮城県気仙沼市は、東日本大震災の復興事業において観光業を基幹事業として取り組んでいる。その一環として、市民に加え観光客なども対象にしたポイントカード「気仙沼クルーカード」を発行している(図1)。そのためのスマホアプリ「KESENNUMA Crewship」も用意する。

図1:宮城県気仙沼市が観光業の活性化に向けて発行しているポイントカード「気仙沼クルーカード」の利用イメージ

 クルーカードは、市内の飲食店や物販店、宿泊施設など「クルーシップ加盟店」で利用できる。会員限定のメニューを楽しめる特典もある。カードを持つ既存顧客に向けては、定期的なキャンペーンも実施している。

 クルーカードで得られるデータは、これらキャンペーンの企画段階でも貴重なインプットになっている。地域で稼ぐためのマーケティングキャンペーンを打ち出し、その結果をデータでモニタリングし次回に活用するというPDCAサイクルが回せるからだ。

データに基づく施策の立案と仮説検証が観光地をブランドに変える

 この数年で観光のあり方は大きく変わった。観光客を大型バスに乗せ名所旧跡を回る画一的なパッケージツアーから、目的や希望に合わせて旅行プランを組み立てる個人ツアーの人気が高まっている。国内においても、自宅から1〜2時間程度の地元や近隣を訪れる「マイクロツーリズム」のほか、社会貢献を目的にした「ボランティアツーリズム」や、仕事と休暇を兼ねた「ワーケーション」など、観光の目的や手段、形態も多様化の一途を辿っている。

 地方の魅力は、古くから知られる観光名所や名物だけに留まらない。アニメやマンガのファンが作品の舞台になった地域を訪れる「聖地巡礼ブーム」は、そのことを示す好例だ。観光地の魅力を決めるのは、観光地ではなく観光客である。

 人々の琴線に触れる観光資源を発掘し、コンテンツに仕立て、ターゲットに届けるには、デジタルテクノロジーの活用やデータに基づいた施策の立案と仮説検証が欠かせない。その手段を地方が手にしたとき観光地はブランドに変わる。

 従来通り、旅行代理店や広告代理店、メディアとの連携を深めるのも重要だ。だが、決済サービスやポイントサービスなどを地方が主体になって展開するためには、さまざまな企業や団体が業種の壁を越えて協力関係を築き、顧客理解を深めていくべきだろう。観光客目線で何が必要か、当事者である地方自らが真剣に考えることが、すべてのスタートになる。

藤井 篤之(ふじい・しげゆき)

アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部 ストラテジーグループ マネジング・ディレクター。名古屋大学大学院多元数理科学研究科博士後期課程単位満了退学後、2007年アクセンチュア入社。スマートシティ、農林水産業、ヘルスケアの領域を専門とし、官庁・自治体など公共セクターから民間企業の戦略策定実績多数。共著に『デジタル×地方が牽引する 2030年日本の針路』(日経BP、2020年)がある。

大場 庸平(おおば・ようへい)

アクセンチュア クライアントグループ 製造流通本部 マネジング・ディレクター。日本の旅行業界統括責任者。アクセンチュア入社後、IT戦略グループに所属し、通信、小売り、旅行など、さまざまな業界を担当。2020年に旅行業界の統括責任者に就任。

川島 美紀(かわしま・みき)

アクセンチュア クライアントグループ 製造流通本部 トラベルチーム シニア・マネジャー。アクセンチュア ストラテジーに新卒入社し。小売業界や旅行業界を中心に新規事業創出(ASEANを中心としたインバウンド事業)とマネタイズなど経験。その後、旅行業界(航空・ホテルなど)を専門に支援。

奥山 浩(おくやま・ひろし)

アクセンチュア 製造流通本部 リテール&トラベル マネージャー。大手旅行会社で販売戦略やマーケティング、旅行基盤DXなどを担当。アクセンチュア入社後は、旅行や通信、金融など幅広い業界を担当。