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スマートシティが再定義する地方観光の誘客戦略【第28回】

藤井 篤之、大場 庸平、川島 美紀、奥山 浩(アクセンチュア)
2023年8月10日

スマートシティの主役は住民や企業だけではない。観光客や出張者など地域の訪問者もまた重要なキープレーヤーだ。新型コロナの影響が和らぎ、観光地や繁華街に人々の姿が戻り始めたものの、その恩恵は東京や京都、北海道など著名な観光地に限られているのが現状だ。誘客力に乏しい地方が“何度も足を運びたくなる”観光地に変わるために何が必要か。スマートシティによって再定義される地方観光のあり方を考察する。

 2023年4月、ワクチン接種証明や陰性証明などの入国規制が撤廃された。翌5月には新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の扱いが、感染症法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)が定める類型で危険性が最も低いとされる「5類」に引き下げられた。国内の観光産業にとって重い足かせになっていた感染症対策が大幅に緩和されたことで、各地の観光地は多くの人で賑わいを見せ始めている。

 しかし諸手を挙げて喜ぶのはまだ早い。日本の観光産業が抱える古くて新しい課題が残されているからだ。例えば、特定の観光スポットに観光客が過度に集まることによってもたらされるオーバーツーリズム問題が、その1つ。これとは逆に、訪れる客もまばらで存続が危ぶまれる観光地の過疎化問題や、社会の少子高齢化に加えコロナ禍で就労人口が減ってしまった観光産業の高度化や効率化も大きな問題である。

 これらの問題は、コロナ禍での観光需要の急速な冷え込みで先送りされていた。それが需要の拡大期に入ったことで再び脚光を浴びている。だが、解決の糸口すらつかめていない観光地は少なくない。

 政府はコロナ禍前に掲げた観光立国推進の旗を降ろしていない。交付金や助成金の活用などを通じて、観光産業の復興と魅力ある観光地づくりを強く後押ししている。しかし、その道のりは遠く険しい。なぜなら局所的なボトルネックを解消すれば万事うまくいくような性質の問題ではなく、観光産業のエコシステム全体で取り組むべき問題でもあるからだ。いま地方の観光地では何が起きているのだろうか。

日本人向けパンフレットの翻訳だけで手一杯

 地方で観光産業や地域振興に携わっている方々と話すと、次のような悩みや課題をよく耳にする。「魅力ある観光資源が乏しい」「知名度・認知度が低い」「観光施策に費やせる予算が足りない」などだ。観光需要が回復しつつあるとはいえ、観光客は著名な観光地に偏りがちで、知名度が低い地方の多くは誘客に苦戦しているのが実状なのだ。

 むろん、地方も手をこまぬいているわけではない。地元の観光協会や自治体の観光課などが中心になり、地域の特産品や景勝地、ユニークなアクティビティを紹介するパンフレットやWebサイト、ときにはPR動画を作成している。それぞれに英語版や中国語版までを用意し情報発信に余念がない地方は少なくない。にもかかわらず「思うほど観光客が集まらない」とため息を漏らす関係者も多い。

 知恵を絞り、努力を重ねているのに結果が伴わないのはなぜか。地域によって抱えている課題が異なるため一概にはいえないが、共通点はある。多様化・細分化している観光客の本音やニーズを“点”でしか収集できておらず、滞在時間全体でみた対応が後手に回りがちであることだ。

 訪日観光客に絞ってみると良く分かる。彼らの来日目的は、中国や韓国、台湾、タイなどのアジア諸国、ドイツやイギリス、フランスなどのヨーロッパ諸国やアメリカの観光客など、どの国から来るかによって異なる傾向がある。観光客の年齢や性別、宗教や食習慣、過去の訪日回数などの要素を加味すれば、ニーズはさらに細分化する。

 しかし多くの地方では、それぞれのニーズに対応する余力がない。結果、日本人の観光客向けに作成したパンフレットを各国語に翻訳するだけに留まりがちである。

 もちろん地方にも同情すべき点はある。自治体の観光予算や人員、ノウハウは限られている。予約や決済データ、顧客情報といった観光客の足跡は、宿泊先や飲食に訪れた店舗に蓄積されるばかりで、その地域で活用できる状況にはなっていない。であれば、収集したデータを“点”から“面”に変え、観光振興施策や地域ブランディングに活かせばよい。では、どうすれば良いのだろうか。