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スタートアップ企業との関係強化に動くスマートシティ【第30回】

藤井 篤之、増田 暁仁(アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部)
2024年1月18日

不動産デベロッパーがイノベーションを街ぐるみで支援

 インキュベーション施設の需要が高まりを見せるなか、不動産の枠を超えた街ぐるみの支援も広がってきている。その主役は、エリアマネジメントを手掛ける不動産デベロッパーだ。

 例えば、東京・港区で2023年11月に開業した複合施設「麻布台ヒルズ」は、VCの地域集積を志向する「Tokyo Venture Capital Hub」を設置している。日本ベンチャーキャピタル協会(JVCA)や独立系VC、日本の大企業を母体とするCVC(コーポレートVC)など70社が入居やコワークで参画する。場所の提供だけでなく、会員が経験やノウハウを積極的に共有し学び合うラーニングや、イベント、マッチングといったサービスを提供していくという。

 スマートシティの今後を考えるうえでは、大丸有(大手町・丸の内・有楽町)まちづくり協議会と三菱地所が取り組む「TMIP(Tokyo Marunouchi Innovation Platform)」と、三井不動産と東京大学による「KOIL(柏の葉オープンイノベーションラボ)」の取り組みが有用な事例になる。いずれも、自治体や行政を巻き込まなければ実現が困難なサービスの実用化を目指すスタートアップの支援に取り組んでいるからだ。

 TMIPは、大企業とスタートアップ企業、官学連携によるノベーション創発の一環として、コミュニティ運営や起業家に対するメンタリングサービスを提供すると同時に、公道での自動運転バスやパーソナルモビリティの実証実験なども実施している。これまでのエリアマネジメントとは異なり、三菱地所自らがファンドの「オープンイノベーション推進1号」に出資することで、物件の賃貸収入からの利益だけでなく、既存事業の枠を超えたイノベーション支援に取り組む。する。同ファンドは、東京大学が100%出資する投資事業会社の東大IPCが運用する。

 一方、KOILを運営するのは、千葉県と、千葉県柏市、千葉大学、東京大学、UR都市機構、三井不動産などの産官学からなるコンソーシアムである。「柏の葉国際キャンパスタウン構想」に基づき、国際学術研究都市・次世代環境都市を目指すまちづくりを推進する。

 TMIP同様、創業や事業成長に資する起業家支援や成長支援に取り組むと同時に、首都圏最大級の屋外ロボットの実証フィールドを解放する。対象は、ライフサイエンスやモビリティ、エネルギーを重点テーマに掲げるスタートアップ企業だ。

 モノづくり系スタートアップ企業に対しては、彼らには手が届かない高価な実験施設や工具、工作機械、測定器のシェアリングサービスも用意する。AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)の技術を使ったデータ駆動型のスマートコンパクトシティの形成を目指すKOILならではの取り組みだといえる。

 KOILの運営母体である「柏の葉スマートシティコンソーシアム」を構成する三井不動産自身もスタートアップ企業へ直接投資をしている。三菱地所と同様に、従来の不動産デベロッパーの業務に留まらない取り組みを加速させている。

街づくりにスタートアップのポテンシャルを生かす

 日本のスタートアップ市場は、世界経済を牽引する米国や中国と比べ、スタートアップ・エコシステムの弱さやスピードの遅さが指摘されてきた。それが最近は、急速に成長の兆しを見せ始めている。政府による支援を追い風に、共創の基盤となるインキュベーション施設や街づくりにスタートアップ企業のポテンシャルを取り込む動きが拡大しているからだ。

 ただし、スタートアップ・エコシステムは、まだ成長途上にある。実を結び始めたエコシステムが真の意味で成功の果実を手にするには、都市OSを組み込んだスマートシティとの連携が欠かせないだろう。次回は、スマートシティの未来像を体現する先進事例を紹介しながら、スマートシティのこれからを考えてみる。

藤井 篤之(ふじい・しげゆき)

アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部 ストラテジーグループ マネジング・ディレクター。名古屋大学大学院多元数理科学研究科博士後期課程単位満了退学後、2007年アクセンチュア入社。スマートシティ、農林水産業、ヘルスケアの領域を専門とし、官庁・自治体など公共セクターから民間企業の戦略策定実績多数。共著に『デジタル×地方が牽引する 2030年日本の針路』(日経BP、2020年)がある。

増田 暁仁(ますだ・あきひと)

アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部 テクノロジーストラテジー&アドバイザリーグループ テクノロジー戦略プラクティス シニア・マネジャー。立命館大学文学部人文学科地理学専攻卒業後、2014年アクセンチュア入社。先進技術を中心とした新規事業戦略立案、スマートシティ戦略策定実績多数。国土交通省の「Project PLATEAU」にはプロジェクトマネジャーとして参画し立ち上げから現在まで支援を継続。