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スタートアップ・エコシステムが加速するイノベーションの社会実装【第31回】

藤井 篤之、増田 暁仁(アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部)
2024年2月8日

スマートシティの成否はステークホルダーとのエコシステムが握る

 社会を大きく変えるトリガーはかつて、集積回路の小型化やインターネットの普及に代表されるテクノロジーの進歩が担ってきた。しかし現代は、テクノロジーの成熟を待つのではなく、率先してリスクを取り試行錯誤を重ねた者が覇者になる時代である。これはイノベーションによる社会変革が「テクノロジー主導」から「社会実装主導」に変化したことを意味している。

 こうした時代の変化が、都市のスマートシティ化を強力に後押ししているのは間違いない。スマートシティの実現に向けては、我々が普段利用している生活空間自体を実証実験の試行に最適化できれば、社会実装に費やす時間を大幅に短縮できるはずだ。中国の例を挙げたように、都市そのものをイノベーションに最適化する動きは既に始まっている。それらの取り組みからスマートシティが今後進むべき方向性として次の3つが見えてくる。

(1)イノベーションに対する事業投資との社会実装ドリブンな都市構造の構築

 「住みやすさ」「にぎわいづくり」「移動のしやすさ」といった直接的な不動産価値の観点に、「社会実証のしやすさ」を考慮した新たな価値創出モデルの観点を加える。それにより、不動産的価値を維持・向上させるための投資に加え、ビジネスのインキュベーションによる金銭的な利益を生む投資とその回収により、都市運営にけるビジネスモデルの転換を図る。

 都市がイノベーションの“孵化器”になり、その育成に力を貸すボリュームが増えれば、都市で育まれたビジネスがスケールする可能性は高くなる。利益の一部が都市に還元されれば地域のさらなる発展が望めるはずである。

(2)オープンで透明性の高い市民参加型の都市運営

 都市運営への市民のコミットメントが必要である。住民や利用者に、どれだけ魅力的なプランを提示できたとしても、例えば「個人情報の取り扱いへの配慮と信頼性の高い情報管理の重要性を軽視している」と捉えられれば、スマートシティの実現は困難となる。個人情報をはじめ、集めたデータを誰が、どのように利用するかが分からなければ、住民らとの間に信頼を醸成するどころか疑念や猜疑心の温床になりかねない。

 実際、Alphabetの子会社であるSidewalk Labsがカナダのオンタリオ州トロントで計画し2017年に始まったウォーターフロント再開発プロジェクトは、データの取り扱いについて住民の理解・賛同を十分に得られず、22020年に頓挫した。低コストでエネルギー効率が高い住宅の建設や、時間帯によって車道が歩道になる可変型道路の実現など、人や環境を重視する数々のアイデアが盛り込まれていたにも関わらずである。

 オープンで透明性の高い市民参加型の都市運営を実現するには、第三者委員会の設置や、自治体をはじめ地域を巻き込んだコンソーシアムが運営主体になって情報開示を進めることも大切なポイントだ。オープンで透明性の高い組織がプロジェクトをリードしなければ、理想的なスマートシティの実現は覚束ないだろう。

(3)都市運営のためのソフトウエアやデータの開放によるエコシステムの実現

 (2)に基づく信頼の醸成をテコに、さまざまな事業者がサービスを生み出すための機能を開放することで企業間の共創を促し、サービスが創出するエコシステムを都市を舞台に構築する。

 その体現に向けた重要な要素としては、都市OSと、都市OSを用いたデータの連携が挙げられる。各分野のステークホルダーが協力し、相互に連携し、互いにリスクを共有することで、はじめて本格的なスマートシティが実現に向けて動き出す。スマートシティが成功するかどうかは、そこで暮らす住民をはじめ、産官学や、土地・建物を所有する不動産デベロッパー、社会実装すべきテクノロジーやソリューションを持つ企業同士の連携と表裏一体である。

藤井 篤之(ふじい・しげゆき)

アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部 ストラテジーグループ マネジング・ディレクター。名古屋大学大学院多元数理科学研究科博士後期課程単位満了退学後、2007年アクセンチュア入社。スマートシティ、農林水産業、ヘルスケアの領域を専門とし、官庁・自治体など公共セクターから民間企業の戦略策定実績多数。共著に『デジタル×地方が牽引する 2030年日本の針路』(日経BP、2020年)がある。

増田 暁仁(ますだ・あきひと)

アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部 テクノロジーストラテジー&アドバイザリーグループ テクノロジー戦略プラクティス シニア・マネジャー。立命館大学文学部人文学科地理学専攻卒業後、2014年アクセンチュア入社。先進技術を中心とした新規事業戦略立案、スマートシティ戦略策定実績多数。国土交通省の「Project PLATEAU」にはプロジェクトマネジャーとして参画し立ち上げから現在まで支援を継続。