• Column
  • スマートシティのいろは

スタートアップ・エコシステムが加速するイノベーションの社会実装【第31回】

藤井 篤之、増田 暁仁(アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部)
2024年2月8日

スタートアップ企業に世界的な注目が集まる中、前回はスタートアップ企業の育成を支援する自治体や不動産デベロッパーの取り組みを紹介した。今回は、スタートアップ・エコシステムによる次世代型のスマートシティ構想を紹介しながら、スマートシティが目指すべき未来の方向性について考察する。

 第30回ではスタートアップ・エコシステムの例として、シェアオフィスや、自治体や不動産デベロッパーによる街ぐるみの取り組みを紹介した。そこにはなぜ、イノベーションの起点が施設単体から周辺エリアへ、さらに都市へとスケールアップする力学が働くのだろうか。

 その答を端的にいえば、イノベーティブなテクノロジーがあるだけでは現実社会を変革できないためである。物理空間で運用されるモビリティサービスをイメージすると分かりやすいだろう。デジタルツインによるシミュレーション技術がどれほど発展しても、物理空間での安全性は担保し切れない。人やモノが行き交う実社会においては、想定を超える事故やトラブルの発生は避けられないからだ。

 だからこそ、実社会を映すデータをより大量に集め検証するための場が必要になる。実証フィールドで検証を重ね、現実世界の困難を乗り越えて初めて、イノベーションは社会に実装される。

 イノベーション創出において、スマートシティとスタートアップ企業の相性は良い。両者ともに、多種多様で膨大なデータを利用することが成長の原動力になるからだ。国内でも人口が集中する東京圏や大阪圏、名古屋圏を中心とした各政令指定都市では、スマートシティへの取り組みの一環として、スタートアップ支援やイノベーション創出に向けた、産官学を巻き込む取り組みが増えている。

デジタル社会に舵を切る中国ではスタートアップが先陣を走る

 ただ、そうした取り組みは、日本より早くデジタル社会に舵を切った中国では、より先進的である。スタートアップ企業あるいは、そこから成長したベンチャー企業を核にした実例を紹介する。

バイドゥ(百度):自動運転車の社会実装に成功

 中国のITジャイアントの一角を占めるバイドゥ(百度)は、自動運転タクシーの運行を通じた高度交通システムの社会実装に取り組んでいる。オンライン地図サービス「Baidu Maps(百度地図)」や、AI技術プラットフォーム「Baidu Brain(百度大脳)」といった自社サービスを組み合わせられるのが同社の強みだ。

 バイドゥが自動運転技術の開発に乗り出したのは2013年から。自動運転技術に関する調査を手掛ける米ナビガントリサーチによれば、2017年時点のバイドゥの位置付けは、新興企業が名を連ねる「CHALLENGERS」に過ぎなかった。

 それが2021年には、大手完成車メーカーを押しのけ、業界を牽引する「LEADERS」に位置づけられた。同じ評価を得ているのは、米Googleの親会社である米Alphabet傘下で自動運転技術を開発する米Waymoや、AIモデルの実行環境として世界をリードする米NVIDIAらだ。

 バイドゥが自動運転領域で、これだけのプレゼンスを得られた主な要因は、国を挙げた支援を背景に、コロナ禍によって高まった無人サービスの需要を逃さず社会実装に果敢に挑戦したことである。同社の取り組みは既に、河北省保定市に設けられた雄安新区や福建省厦門市、重慶市、湖北省武漢市などで進められている。

 武漢市を例に挙げれば、自動運転車は、新型コロナウイルス感染症の発生時に病院への物資輸送のために活用されたことで社会に受け入れられた。2022年8月には中国初の完全自動運転によるタクシー配車サービスが始まり、翌2023年2月28日時点では100台の自動運転タクシーが走る。運営範囲内の道路距離数は750キロメートル、利用者数は150万人と市民の足として定着している。迅速な社会実装が、いかに社会を変えるかを示す好例だといえるだろう。

テンセント(騰訊):「Net City」で行政や教育を再構築

 メッセンジャーアプリ「WeChat(微信)」やバーコード決済サービス「WeChat Pay(微信支付)」を展開する中国有数のIT企業であるテンセント(騰訊)もスマートシティの建設に前向きだ。2019年に「WeCity未来都市」構想を公表し、現在は深圳市大鏟湾に「Net City(ネットシティ)」の建設を進めている。完成は2027年ごろになる見込みだ。

 Net Cityは、広さ200万平方メートルのエリアに8万人の居住を想定したスマートシティである。IoTなどの技術を活用し、行政やコミュニティ、小売り、交通、医療、教育の再構築を目指す。都市デザインは建築デザイン会社のNBBJが担当する。同社は人流データに基づくシミュレーションを重ねた設計で定評がある。これまでに、Googleや米Amazon.com、韓国Samsungの本社設計を手掛けている。

 スタートアップ企業の参画を促すためにテンセントは、スマートシティ向けアクセラレーションプログラム「WeCity Accelerator」を用意している。Net Cityの完成および完成後の進化を続けるための意欲の表れだといえるだろう。