• Column
  • スマートシティのいろは

地域経済の中核施設になるアリーナ、データの収集・活用の拠点にも【第32回】

藤井 篤之、福田 隆之(アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部)
2024年6月27日

米国にはデータ活用・共創拠点を持つアリーナも登場

 近年では米国を中心に、収容人数2万人に迫る大型アリーナが相次いで建設され、ビジネスモデルの進化が続いている(表1)。具体的には、大型のネーミングライツ契約を用意し、多様なVIPルームのほか、顧客向けにさまざまなデジタルツールを開発・提供するなどだ。

表1:米国で開業が続く大型アリーナの例(各社プレスリリースなどを元にアクセンチュアが作成)
名称所在地開業収容人数総事業費特徴
Chase Center米カリフォルニア州2019年1万8000人約20億ドルNFLプロフットボールチームゴールデンステート・ウォーリアーズが運営。開業前に20億ドルにおよぶスポンサーセールスを獲得したことが話題に
UBS Arena米ニューヨーク州2021年1万8500人約15億ドルNHLプロホッケーチームニューヨークアイランダーズ新本拠地。2020年にUBSが20年契約に基づく命名権スポンサーになった
Intuit Dome米カリフォルニア州2024年(予定)1万8000人約20億ドルNBAロサンゼルス・クリッパーズ新本拠地。トレーニング施設、コミュニティバスケットコート、超大型LEDスクリーンを併設する多目的プラザを構想

 なかでも2019年、米カリフォルニア州サンフランシスコのベイエリアに開業した「チェイスセンター(Chase Center)」はモデルケースになり、他アリーナに影響を与えた。収容者数1万8000人の約6割を「高級スイート」や「プレミアム」といったVIP席にするなどで、世界で最も高い収益性を実現している。

 テクノロジーの導入でも、イノベーティブな施設として認知されている。アリーナ内に「イノベーションラボ」を設置し、アリーナで試合をするバスケットボールチームや、そのファン、アリーナの運営で集まるデータと課題をオープンにし、さまざまなスポンサー企業が解決策を検討できるようにした。

 またコンテンツビジネスとして常に満員集客を達成するための基盤として、デジタルマーケティングとファンエクスペリエンスを強化している。 アリーナを保有・運営するGolden State Warriors は、ラボに集まった資金で高額な選手報酬を賄える。

日本ではプロバスケットボールリーグの再編がアリーナ新設の追い風に

 一方、日本では『未来投資戦略2017(内閣府)』において、2025年までに新たに20カ所のスタジアム・アリーナの実現という具体的数値目標が掲げられている。2022年6月7日に閣議決定された『経済財政運営と改革の基本方針2022』や『新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画』では、新アリーナ建設に民間の力を積極的に導入する旨が明記されるなど、アリーナ新設を後押しする環境が整いつつある。

 既に東京や名古屋、大阪など大都市圏を中心に、複数のアリーナが開業に向けた歩みを進めている(表2)。

表2:日本で開業(構想・計画を含む)する大型アリーナの例(各社プレスリリースなどを元にアクセンチュアが作成)
名称所在地開業収容人数運営企業
Kアリーナ横浜横浜市2023年9月2万人Kアリーナマネジメント(ケン・コーポレーション子会社)
愛知県新体育館(IGアリーナ)名古屋市2025年夏(予定)1万7000人前田建設工業(設計・建設期間代表企業)、NTTドコモ(維持管理・運営期間代表企業)、Anschutz Sports Holdings(AEG)、三井住友ファイナンス&リース、東急、中部日本放送、日本政策投資銀行、クッシュマン・アンド・ウェイクフィールド
新秩父宮ラグビー場(仮称)東京都港区2027年12月(予定)約2万人鹿島建設(代表企業)、三井不動産、東京建物、東京ドーム
万博公園アリーナ(仮称)大阪府吹田市2029年1月(予定)1万8000人三菱商事都市開発、Anschutz Entertainment Group、関電不動産開発

 さらに2026-27シーズンに向け再編を目指すバスケットボールの男子Bリーグは、トップカテゴリーである「Bリーグ・プレミア(Bプレミア)」の参画基準に、観客席数5000席以上、VIPルームを含むスイート席を2%以上、飲食や談話可能なラウンジ席を5%以上確保するよう求めるなど、アリーナの大規模改装や新設が不可避な状況を作っている。

 地域経済と密接に関わるプロスポーツリーグの改革も、新アリーナの需要を喚起している。Bリーグの改革が見込み通り成功すれば、他のプロスポーツに波及する効果も期待できそうだ。

 実際、Bリーグ再編に伴い、最新設備を備えた収容人数5000人クラスの新アリーナを求める声が各地で高まっている。アリーナが観光や文化、スポーツ振興とともに地域経済の中核施設になる可能性は高い。

アリーナはデータを活用ビジネス創出の最前線に

 このように、集客装置としてのアリーナを巡る環境は整いつつある。だが、先行する欧米と肩を並べるまでには、まだまだ時間がかかりそうだ。例えば、国や自治体など公共団体が所有するアリーナやスタジアムを“稼げる施設”に換えるための経験・ノウハウと投資能力を備えた運営会社は少ない。チケットやグッズ販売にまつわる複雑な流通事情など解決すべき点も多い。

 そうした課題が解消されればアリーナは、人々の興味・関心、購買意欲を示す、さまざまなデータを集め最適化するために、なくてはならない施設になるはずだ。これからのアリーナは、イベント来場者の入場料収入に留まらず、データを活用したビジネス創出の最前線になる可能性を秘めている。

 スポーツ業界やエンタメ業界が日本経済を支えるビッグビジネスとしての地位を築けるかどうか。これからの数年が正念場になるだろう。

藤井 篤之(ふじい・しげゆき)

アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部 ストラテジーグループ マネジング・ディレクター。名古屋大学大学院多元数理科学研究科博士後期課程単位満了退学後、2007年アクセンチュア入社。スマートシティ、農林水産業、ヘルスケアの領域を専門とし、官庁・自治体など公共セクターから民間企業の戦略策定実績多数。共著に『デジタル×地方が牽引する 2030年日本の針路』(日経BP、2020年)がある。

福田 隆之(ふくだ・たかゆき)

アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部 ストラテジーグループ マネジング・ディレクター。早稲田大学教育学部社会科学専修卒業後、野村総合研究所(NRI)、新日本有限責任監査法人、内閣府大臣補佐官(公共サービス改革担当)を経て、2019年アクセンチュア入社。PPP/PFIおよびコンセッション制度、建設・インフラ領域を専門とし、官公庁・民間企業との多数の官民連携案件やデジタル化案件に実績がある。主な著書に『入門インフラファンド』(東洋経済新報社、2010年)、『改正PFI法解説』(東洋経済新報社、2011年)がある。